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3月 27, 2011の投稿を表示しています

春の大町妙法寺を散策

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大町の 妙法寺 は苔寺として知られています。 鎌倉で布教をはじめた 日蓮 が草庵を結んだ場所ともいわれています。 本堂 肥後細川家によって建てられました。 昨年12月3日の突風で、屋根の一部が吹き飛ばされてしまったため、 ところどころ銅葺の屋根の色が違っています。 大覚殿 加藤清正の尊像が祀られているお堂です。 5月5日には 清正公祭 が開かれます。 仁王門 門前の桜が見頃です。門の先は苔の石段。 カエデの新緑と仁王門前の桜 苔の石段 妙法寺 が「苔寺」といわれる由縁です。 もう少しすると石段脇に シャガ が咲きます。 法華堂 苔の石段の上にあります。 水戸徳川家から寄進されたものです。 ソテツ 法華堂前のソテツは開山の日叡のお手植えといわれています。 上から見る石段と仁王門 御小庵跡 日蓮 の庵があったという場所。 ここから右の石段を上っていくと護良親王の墓です。 緑がきれいになってきました。 護良親王墓 鎌倉幕府を滅ぼした立役者の一人「護良親王」は、 足利尊氏 と対立して鎌倉の東光寺(現 鎌倉宮 )に幽閉され、 中先代の乱 が起こると尊氏の弟直義によって暗殺されました。 妙法寺 開山の日叡は、 護良親王と南の方との間に生まれたといわれています。 護良親王墓前からの眺めです。  小庵跡の碑まで戻って、護良親王墓と反対の尾根を進むと・・・、 開山 日叡の墓 と、母 南の方の墓 があります。 (右が日叡、左が南の方の墓) 鎌倉手帳 https://www.yoritomo-japan.com/kamakura.html

葛原ヶ岡

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葛原ヶ岡という地名は、梶原景成( 梶原景時 の祖)が葛原親王を氏神として祀った地であるからそう呼ばれていると伝えられています。 葛原岡神社 後醍醐天皇 に仕え、鎌倉幕府の転覆を企てた 日野俊基 が祀られています。俊基は、幕府に捕らえられこの地で処刑されました。 葛原岡神社 の傍らには、日野俊基終焉の地と刻まれた碑が建てられています。 (参考: 日野俊基の墓 ) シャガが咲き始めています。 コブシが満開でした。 最近置かれた 縁結び石 (右が男石で左が女石) 二宮尊徳生家 「縁結び石」の祭神・大黒天神像は、二宮尊徳邸内の楠木で作られたと伝えられています(尊徳邸が生家であるかどうかわかりませんが・・・。) 魔去ル石 杯を石に当てて幸せを勝ち取りましょう! ツバキ?(サザンカ?)の 散った花びらがきれいでした。 菜の花 やはり、桜と菜の花は似合います。 葛原岡神社 の前で売っているコンニャクです(100円)。 葛原岡神社 https://www.yoritomo-japan.com/page137kuzuharaoka.htm 鎌倉手帳 https://www.yoritomo-japan.com/kamakura.html

葛原岡神社参道から台峯緑地

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 JR北鎌倉駅から 葛原岡神社 への参道を進むと・・・ (葛原岡神社参道: http://okadosblog.blogspot.com/2010/11/blog-post_14.html ) 瓜ヶ谷の田んぼです。 「 葛原岡神社 参道」の道標 この坂を上ります。 上りきった所が葛原ヶ岡への入口です。 「銭洗弁天」 という案内板が掲げられています。 さらに進むと、山ノ内配水池の手前に 台峯緑地 への入口があります。 大島桜でしょうか・・・? 私の好きな風景です。 桜の季節は、菜の花のきれいな季節でもあります。 山の中の畑もいい感じです。 ~ちょっとコースを変えて・・・~ この木は 「大蛇(おろち)桜」 と呼ばれるヤマザクラ。 断崖に聳える大きな木です。 残念ながら花は咲いていませんでした。 根元が何本にも分かれ、蛇のように枝を伸ばしていました。 (参考: 台峯の大蛇桜 ) 「大蛇桜」の先から尾根を降りると・・・ 鎌倉中央公園 の山崎の入口です。 「大蛇桜」あったのは、この山の尾根を辿った所です。 鎌倉中央公園 にも春が訪れています。 📎山崎切通と山崎に残された自然を散策 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 参考: 台峯緑地 台峯から見える円覚寺