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12月 24, 2023の投稿を表示しています

在原業平を合祀する岩本神社~上賀茂神社~

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上賀茂神社 の末社・ 岩本神社 は住吉三神を祀る社。 紫式部 の 『源氏物語』 の主人公・ 光源氏 のモデルの一人とされる 在原業平 が合祀されているらしい。 上賀茂神社 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

紫式部が上賀茂神社で詠んだ「ほととぎすの歌」

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ほととぎす 声まつほどは 片岡の 森のしづくに 立ちやぬれまし この歌は、 紫式部 が 上賀茂神社 を参拝した際に賀茂別雷大神の母・玉依比売命を祀る 片岡社 で詠んだとされる。 詠まれたのは、996年(長徳2年)に父の 藤原為時 に同行して越前国へ下向する直前とする説がある。 片岡社 紫式部像 上賀茂神社 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

紫式部の夫藤原宣孝の署名がある「大宰府符」~石清水八幡宮文書~

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「石清水八幡宮文書」の中の 「大宰府符」 は、 紫式部 の夫・ 藤原宣孝 の自筆署名のある文書。 石清水八幡宮 石清水八幡宮 は、京都の 裏鬼門 を守護する神社。 979年(天元2年)に 円融天皇 が行幸すると、以後、多くの天皇が行幸するようになる。 藤原道長 ・ 藤原詮子 ・ 藤原彰子 が信仰し、彰子に仕えた 紫式部 は 『源氏物語』 に、 藤原定子 に仕えた 清少納言 は『枕草子』に登場させた。 一条天皇 は、 一の鳥居 の「八幡宮」の額を 藤原行成 に書かせている。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

光源氏の物語と鎌倉~宗尊親王は源氏物語絵巻を持っていた!~

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若宮大路幕府跡 『吾妻鏡』によると・・・ 1254年(建長6年)12月18日、御所( 若宮大路幕府 )で『光源氏物語』の講義を源親行が行っている。 『光源氏物語』は、 紫式部 の 『源氏物語』 のこと。 京都の 大原三千院 に伝えられている『拾珠抄』(しゅうじゅしょう)には、地獄に堕ちた紫式部を供養するための 源氏供養 の願文が収められ、その中でも『光源氏物語』と呼ばれているらしい。 『光源氏物語』の講義が行われた時の将軍は 宗尊親王 。 宮内庁の『源氏秘義抄』には、 宗尊親王 の 御所 の屏風には色紙形の源氏絵が作られて貼られていたことが記されているらしい。 この源氏絵は将軍家に伝来していた『源氏物語絵巻』を依拠したもので、『源氏物語絵巻』の絵は紀の局と長門の局が描き、詞書は法性寺忠通(藤原忠通)や花園有仁(源有仁)だったのだという。 ということは、『源氏物語』が作られてから約100年後に作られた『源氏物語絵巻』が鎌倉にあったことになる。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆