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6月 28, 2020の投稿を表示しています

重源上人坐像~東大寺を復興させた僧~

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重源上人坐像 東大寺大勧進職として、 平重衡 の 南都焼討 で焼失した 東大寺 の復興を果たした俊乗坊重源。 大仏 鋳造・ 大仏殿 造営をはじめ、大仏殿回廊及び 中門 、 鎮守八幡宮 、 戒壇院 などを再建。 1185年(文治元年)には 後白河法皇 による大仏開眼供養が行われ、1195年(建久6年)には 源頼朝 が参列して大仏殿の落慶供養が行われました。 1203年(建仁3年)には 運慶 らによって南大門金剛力士像が造立され、 南大門 が竣工して総供養が行われています。 1206年(建永元年)、86歳で入滅。 俊乗堂 に安置されている「重源上人坐像」(国宝)は、鎌倉時代の頂像彫刻の傑作とされ、7月5日の俊乗忌と12月16日の良弁忌に公開されています。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 2022年の大河は北条義時

鎌倉権五郎神社

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御霊神社 は、 鎌倉権五郎景政 の屋敷跡とも言われています。 後三年の役出陣に際して、鎌倉の大倉ヶ谷の自邸を 源義家 に寄進し、自分は由比ヶ浜に新邸を建て、その地を「甘縄」と呼んだという説もあるようです・・・ 景政が号したという「甘縄」は、 甘縄神明神社 付近と考える人が多いと思いますが、かつての甘縄は佐助や無量寺ヶ谷をも含むかなり広い地域だったようです。 おそらく坂ノ下も甘縄の一部だったのかと・・・。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 2022年の大河は北条義時

鶴岡八幡宮のビャクシン

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鶴岡八幡宮 の 若宮 社殿横に聳える ビャクシン は、三代将軍 源実朝 が宋から苗を取り寄せて植えたものと伝えられています。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 宋に憧れた源実朝 1216年(建保4年)6月 東大寺 再建に貢献した宋の 陳和卿 が鎌倉を訪れ、源実朝に対面します。 陳和卿は、 「将軍はその昔、宋の医王山の長老であり、私はその弟子でありました。」 と述べたそうです。 実朝は以前夢に現れた高僧が同じ事を言っていたのでそれを信じたといいます。 11月24日、実朝は急に渡宋を思い立ちます。 そして陳和卿に命じて唐船を建造させることにします。 造船は 由比ヶ浜 で行われ、1217年(建保5年)4月17日に完成します。 しかし、何故か海に浮かぶことができず実朝の夢は絶たれました。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 渡宋計画は失敗に終わりましたが・・・ 実朝は、宋の能仁寺より仏舎利を請来しています。 その仏舎利は 勝長寿院 に安置された後、自らが創建した 大慈寺 に納めました。 現在は 円覚寺 塔頭 正続院 にある 舎利殿 に納められています。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 鶴岡八幡宮 の 若宮 には、 本宮 祭神の応神天皇の子・仁徳天皇、その子の履中天皇、応神天皇の皇后・仲媛命、仁徳天皇の皇后・磐之媛命が祀られています。

政子石~恋愛成就のパワースポット~

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鶴岡八幡宮 の 旗上弁財天社 に置かれている 政子石 は、夫婦円満と子宝の祈願石として信仰されてきました。 近年では恋愛成就の御利益があるとして女性に人気のパワースポットとなっています。

鶴岡八幡宮源平池のハス2020/07/02

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七夕まつり~鶴岡八幡宮~

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7月1日から鶴岡八幡宮で 七夕まつり が開催されています。 鈴懸け神事 縁結び・良縁を祈願する鈴懸神事。 7月7日まで。 梶 七夕には、梶の葉をかたどった色紙や短冊型の絵馬に願いを込めます。 「七夕祭神事」は7月7日午後5時から。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 奉納神賑行事 7月5日(日) 16:30~  篠笛 佐藤和哉氏 7月6日(月) 17:00~ ライブコンサート ハーフムーン ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 中止