別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


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2026年5月3日日曜日

2026開成町あじさいまつり 6月6日~14日




開成町の「あじさいの里」は・・・

「田植えが終わったばかりの田んぼの緑と虹色に咲き誇るあじさい」の景色を楽しむことができる神奈川県内屈指の紫陽花の名所。




2026年の開成あじさいまつりは、

6月6日(土)~6月14日(日)。



開成町あじさいまつり


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


小田原城あじさい花菖蒲まつり

鎌倉紫陽花特集



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2026年4月30日木曜日

小田原城ライトアップ~北條五代祭り2026~




5月3日に開催される「第62回小田原北條五代祭り」に合わせて、小田原城が黄・青・赤・白・黒の五色にライトアップされます!

5月2日(土)
19時半〜20時半

5月3日(日)
19時半〜20時半

※上の画像はイメージです。



北條五代祭り


小田原城


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小田原城あじさい花菖蒲まつり


開成町あじさいまつり


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2026年4月16日木曜日

祇園祭の「蟷螂山」と小田原の老舗「ういろう」




京都の祇園祭の山鉾巡行に登場する「蟷螂山」(とうろうやま)は、山鉾の中で唯一、巡行中に動く「からくり」が施されているもの。

「小田原のういろう」で知られる外郎家(ういろうけ)の二代当主・宗奇(そうき)が創始したのだといいます。

宗奇は、現在の京都市中京区蟷螂山町に屋敷を構えていましたが・・・

近くには南北朝時代に南朝の重鎮として活躍し、後村上天皇を逃がすため討死にた公卿・四条隆資の屋敷がありました。

宗奇は隆資の死後25年の節目に、四條家の御所車に蟷螂を乗せて巡行。

それが「蟷螂山」の始まりなのだとか。





「株式会社ういろう」は、外郎家が営む小田原で存続する最古の企業。

家伝の万能薬「透頂香」(とうちんこう)と和菓子の「ういろう」を製造・販売する老舗です。



祇園祭の蟷螂山と小田原外郎家


祇園祭

小田原城


北條五代祭り


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2026年4月1日水曜日

小田原おでんサミット2026~桜満開かも。食べて!遊んで!お花見!~




4月4日(土)・5日(日)は、小田原城址公園で「小田原おでんサミット」が開催されます。

全国のふるさとおでんが大集合!




桜は3月31日現在で七分咲き。

満開の桜の下で美味しいおでんが食べられるかも。



小田原おでんサミット


全国ふるさとおでん出店案内



小田原城址公園の桜

小田原城


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


鎌倉の桜


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土肥焼亡の舞~源頼朝旗挙げ武者行列 4月5日湯河原町~


1180年(治承4年)、以仁王が全国の源氏に平家打倒の令旨を発します。

伊豆の流人だった源頼朝は、8月17日に挙兵。

8月20日には相模国へと進軍しますが、8月24日、石橋山で大敗。

山中を彷徨い、一時、箱根権現に身を潜めますが、土肥実平の案内で土肥郷へ下り、8月28日、真鶴から安房国へと船出します。

その途中の山上から実平が見たのは、敵将伊東祐親が放った火によって、実平の本拠土肥郷が燃える光景でした。

我が家が燃えるのを見た実平は、頼朝の前で即興の謡で舞います。

「八幡大菩薩の光を受けて、平家を滅ぼし天下と四方の海を照らせば、我らの子孫も反映する。

我家は何度でも焼けばよい。

頼朝が天下を取れば、土井の杉山の木で造り替えることができる・・・」

実平は源氏の勝利を信じ、子孫の繁栄を願って舞ったのだいいます。



湯河原町で毎年4月に開催されている「源頼朝旗挙げ武者行列」では、五所神社・桜木公園・城願寺で実平の「焼亡の舞」が再現されます。

2026年は4月5日(日)。


土肥祭


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頼朝が安房へ向けて船出した浜は、真鶴町の岩海岸といわれています。

岩海岸に通じる道は謡坂(うたいざか)。

実平は、この坂で頼朝の無事と再起を願って謡い踊ったのだと伝えられています。

真鶴町では3月22日に「源頼朝旗挙祭」が開催されました。


源頼朝旗挙祭


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湯河原・真鶴の源頼朝伝説

歴史めぐり源頼朝


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2026年3月29日日曜日

鵐窟縁起の碑~真鶴 鵐窟:源頼朝伝説の石碑~


『吾妻鏡』によると、1180年(治承4年)、伊豆国で源氏再興の挙兵をした源頼朝は、石橋山の戦いに敗れ、真鶴から安房へと船出しています。


船出した浜は岩海岸、船出まで潜伏していた洞穴が鵐窟(しとどのいわや)と伝えられています。

頼朝が鵐窟に滞在している間、食料を提供した者は「五味」、警護にあたった者は「御守」、樹木で洞穴を覆い隠した者は「青木」の名字を賜ったのだとか。

以来、「真鶴の三名家」と言い伝えられてきました。




「真鶴の三名家」の一つ五味家の演貞は、1645年(正保2年)、僧・蔭山に依頼して『鵐窟縁起』を作成。

頼朝の伝説を後世に伝えるため、その紀文と頼朝の絵像を鵐窟の岩石に刻みました。

それが「鵐窟縁起の碑」で、現在は真鶴町民センター入口に置かれています。

『鵐窟縁起』には、石橋山の戦いに敗れた頼朝が村人の助けを得て、安房へと渡り、その後鎌倉に幕府を開き古今天下泰平の世を築いたことが記されています。


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鵐窟

鵐窟は、かつては海に面した巌窟で、船でなければ辿り着くことができなかったそうです。

伝説によると、頼朝を探す大庭軍が巌窟に踏み込もうとしますが、鵐(しとど)という鳥が群れを成して飛び立っていったため、「人はいない」と判断して立ち去っていったのだとか。

鵐は架空の鳥。




頼朝が船出した岩海岸には、「源頼朝開帆處(かいはんしょ)の碑」が建てられています。




岩海岸では、2025年から「源頼朝旗挙祭」が開催され、巨大鍋で料理された「頼朝旗挙げ鍋」が振舞われます。

2026年は3月22日に開催されました。




源頼朝船出の浜 真鶴町


源頼朝旗挙祭


土肥祭


湯河原・真鶴の源頼朝伝説

歴史めぐり源頼朝


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2026年3月20日金曜日

小田原桜まつり2026~満開は3月28日頃~


3月19日、小田原城址公園の桜が開花宣言!

長興山紹太寺のしだれ桜も開花宣言!

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小田原城址公園は、天守閣やお堀を背景に約300本のソメイヨシノが植えられている花見の人気スポット。

ウェザーニュース3月19日現在の満開予想は・・・
3月27日五分咲き
3月28日満開
4月3日桜吹雪


【桜のライトアップ】
(小田原城幻想夜桜)
3月20日(金祝)~4月5日(日)
18:00~21:00
※終了日は桜の状況によって判断

【小田原城天守閣開館延長】
3月20日(金祝)~4月5日(日)
19:00まで(最終入館18:30)
※終了日は桜の状況によって変更あり

【小田原かまぼこ桜まつり】
3月28日(土)・29日(日)
10:00~17:00
小田原城址公園二の丸広場

【小田原おでんサミット】
4月4日(土)・5日(日)
10:00~16:00
小田原城址公園二の丸広場


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長興山紹太寺のしだれ桜は、小田原藩主・稲葉正則が植えたといわれる古木。

樹齢約350年、高さ約13m。

近年、勢いがなくなり画像のような花のボリュームは感じられないかもしれませんが・・・

3月19日現在の紹太寺の予想では・・・

見ごろは3月23日頃から1週間程度。


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小田原城址公園の桜

長興山紹太寺のしだれ桜


小田原かまぼこ桜まつり

小田原おでんサミット


小田原城


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鎌倉の桜


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