別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
2026年8月4日火曜日
六道まいりと千日詣り~お精霊さんと一緒に千日の功徳 京都のお盆~
古くから京都では・・・
多くの人々が六道珍皇寺でお精霊さんを迎えた後(六道まいり)、清水寺の千日詣りに参って観音さまのご利益を祈る習わしを大切にしてきたのだとか。
一方で、お精霊さんをお迎えした後は寄り道をせず、まっすぐ家に帰るのが鉄則とも言われます。
これは、六道珍皇寺の迎え鐘で呼び寄せたご先祖さまは、高野槇の葉に宿るのだとされているためで、ご先祖さまを家にお迎えする前に寄り道をしてしまうと、ご先祖さまがここが到着地と勘違いして降りてしまう可能性があるから(迷子になってしまうため。)。
ただ、ご先祖さまへの孝行ととともに、現世を生きる自分への功徳(褒美)を得ることも重要なこと。
清水寺の千日詣りの参拝は、寄り道ではなく、観音さまにご先祖さまを無事お迎えできた報告をして、一緒に千日分の功徳をいただくための行程。
ただし、千日詣りをした後の寄り道はいけません。
2026年8月2日日曜日
清水寺の千日詣り~京都の観音菩薩の大功徳日~
2026年7月24日金曜日
祇園祭の神輿渡御
祇園祭というと山鉾巡行を思い浮かべる方も多いかもしれませんが・・・
祇園祭は、869年(貞観11年)6月14日、当時の日本全国の国の数(66)にちなんだ長さ約6メートルの矛を66本立て、牛頭天王を祀る祇園社(現在の八坂神社)から神泉苑へ神輿を送り、災厄の除去を祈願したことに始まります。
山鉾巡行は「神が通る道を清めるための露払い」。
最も重要な神事は、神輿渡御(神幸祭・還幸祭)。
神幸祭は7月17日。
夕刻、素戔嗚尊の中御座神輿・櫛稲田姫命の東御座神輿・八柱御子神の西御座神輿の三基が八坂神社を出発。
四条御旅所まで渡御します。
還幸祭は7月24日。
御旅所で1週間を過ごした神が八坂神社へと還御します。
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2026年7月23日木曜日
祇園祭の「武者行列」(弓矢組・武者神役)
2026年7月3日金曜日
祇園祭の「はも道中」~八坂神社に淡路島の鱧が奉納される!~
2026年6月30日火曜日
織田信長が関心をもった竹生島の「青葉の笛」~人間五十年・・・~
2026年6月25日木曜日
仏を超えた織田信長~摠見寺に祀られた盆山~
盆山(イメージ図)
織田信長は、晩年に豪華絢爛な安土城を築き、郭内には摠見寺を建立します。
当時の摠見寺の本堂には、本尊の他、竹生島から勧請された弁財天なども安置されていたと伝えられています。
当時の本尊が何だったのかはわかりませんが・・・
信長が重視したのは本尊ではなく、自身を神格化するための御神体「盆山」(ぼんさん)。
本堂二階に置いて礼拝させていたのだとか。
摠見寺には信長が近江国甲賀郡長寿寺から移築させた三重塔が現在が残されていますが・・・
通常の寺院のように見上げるような目立つ場所ではなく、「盆山」が置かれた本堂より低い位置に建てられています。
このことから、信長は自身が「仏をも超えた存在」であることを誇示しようとしたのではないかという説があるようです。
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