別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年2月27日金曜日

公開中の大町釈迦堂口遺跡 2026/02/26~かつて鎌倉にあった寺院の遺跡?~


2026年(令和8年)2月26日から、大町釈迦堂口遺跡の暫定公開が始まりました。




大町釈迦堂口遺跡は、名越ヶ谷の最奥部の平場と周辺山稜部に位置する鎌倉時代後期から室町時代にかけての遺跡。

長く鎌倉幕府初代執権・北条時政の名越亭跡とされてきましたが、2008年(平成20年)の発掘調査によって、寺院などの宗教施設だったと考えられています。



公開されているのは、発掘調査で建物跡や火葬跡が見つかった「北側平場」や山稜部の「唐糸やぐら」「地蔵やぐら」「日月やぐら」など。

「やぐら」とは、鎌倉を中心として点在する墳墓。

大町釈迦堂口遺跡では火葬も行われていたことが明らかになっています。


【公開期間】
2月26日~3月11日
(土日も含む)

【公開時間】
10:00~16:00




☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「唐糸やぐら」は、木曽義仲が源頼朝の様子をさぐるため鎌倉に送り込んだ唐糸が幽閉されていたという伝説が残されたやぐら。



唐糸やぐらの隣にあるのは地蔵菩薩が彫られた「地蔵やぐら」

やぐらの前にある二基の五輪塔には阿弥陀如来を表す種子(梵字)が刻まれています。


切通

北条時政邸の裏門とされていた切通。



「日月やぐら」釈迦堂洞門(釈迦堂切通)の上方西側にあるやぐら群の中の一つ。


「日月やぐら」の内部の壁面には丸い穴(納骨穴)があります。

これが太陽と月の形に見えることから「日月やぐら」と呼ばれています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「日月やぐら」周りには七基のやぐらが並んでいます。








☆ ☆ ☆ ☆ ☆


公開期間中はガイドツアーも実施されています(毎日)。

所要時間は約40分
1回目 10:15~
2回目 11:00~
3回目 14:00~
4回目 15:00~



釈迦堂切通が通行止めとなっているので浄明寺側からは行けません。

大町側からのアクセスとなります。





大町釈迦堂口遺跡


日本遺産「いざ、鎌倉」

歴史めぐり源頼朝


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2026年2月26日木曜日

狩宿さくらまつりウォーク2026~富士宮市 源頼朝ゆかりの狩宿の下馬ザクラ~




「狩宿さくらまつりウォーク」は、「狩宿さくらまつり」に合わせて催される「富士宮歩こう会」主催のイベント。

富士裾野で巻狩りを催した源頼朝も感動したという白糸の滝をスタートして「狩宿さくらまつり」を楽しんだ後、大石寺の五重塔・花見を楽しむ6.5キロのコース。


定員 100名
参加費 2000円
(バス代・お弁当 お土産・傷害保険付き)
参加申込は3月30日まで
(定員になり次第終了)

【申込受付】
富士宮歩こう会事務所
富士宮市大宮町15-1
℡・Fax 0544-22-7373
=開設時間=
10:00~16:00
=開設日=
月・火・木・金
行事直前の土・日曜日


狩宿さくらまつりウォーク


☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「狩宿の下馬ザクラ」(駒止の桜)は、富士裾野の巻狩り源頼朝が本陣としたという井出館の門前に聳えるヤマザクラ。

毎年、狩宿さくらまつりが開催されています。

2026年は4月4日(土)・5日(日)。


狩宿の下馬ザクラ


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち

巻狩りと仇討ち

白糸の滝

歴史めぐり源頼朝


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2026年2月25日水曜日

石戸蒲ザクラの板石塔婆が公開されます。~北本市:東光寺~



埼玉県北本市の東光寺境内に聳える石戸蒲ザクラは、樹齢800年ともいわれる古木で、国の天然記念物。

蒲ザクラという名は、源頼朝の異母弟で「蒲冠者」と呼ばれていた源範頼にちなんで付けられたと伝えられています。





かつて、石戸蒲ザクラの根元には、二十二基の板石塔婆(板碑・青石塔婆)が立てられていました。

現在は東光寺の収蔵庫に保管されています。

板石塔婆は、死者の供養や生前に死後のやすらぎを願って造られた供養塔。


貞永の板石塔婆

貞永二年(1233年)の銘がある板石塔婆は全国で四番目に古いもので県指定の文化財。

この他、寛元四年(1246年)銘、建長三年(1251年)銘のものもあります。


【板石塔婆の公開】

令和8年3月28日(土曜日)・29日(日曜日)、東光寺で板石塔婆が公開されます。

午前10時から午後3時まで


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


板石塔婆は、鎌倉時代から室町時代前期にかけて造立されたものが多く、鎌倉武士の本貫地とその所領に立てられていることから、鎌倉武士の信仰に強く関連すると考えられています。


貞永の板石塔婆が立てられたのは三代執権北条泰時の時代。

寛喜の大飢饉による影響が続いていた時代です。

飢饉の状態は、1239年頃まで続いたものと考えられ、「天下の人種三分を一失す」といわれるほどでした。


寛元と建長の板石塔婆が立てられたのは五代執権北条時頼の時代。

寛元四年は、四代執権北条経時が亡くなり、四代将軍だった九条頼経が鎌倉から追放されるという政情不安定の時代(宮騒動)。

翌年には宝治合戦が起こり三浦氏千葉氏が滅ぼされています。



石戸蒲ザクラ









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鎌倉の桜


春旅!鎌倉

鎌倉GW特集


鎌倉アジサイ特集


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2026年2月24日火曜日

狩宿さくらまつり2026~源頼朝ゆかりの狩宿の下馬ザクラ~


富士宮市の「狩宿さくらまつり」は、源頼朝ゆかりの狩宿の下馬桜を中心に開催される桜祭。

地元特産品の販売やお茶席・舞台公演などが催されます。








「狩宿さくらまつり」の会場は、1193年(建久4年)の富士裾野の巻狩り源頼朝が本陣としたという井出館



井出館の門前に聳えるのが源頼朝が馬を繋いだという「狩宿の下馬ザクラ」(駒止の桜)。


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狩宿の下馬ザクラ


狩宿さくらまつり

狩宿さくらまつりウォーク


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富士裾野の巻狩り

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