別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年8月7日金曜日

8月10日は「鳩の日」~鎌倉名物「鳩サブレー」の日~




8月10日は「鳩の日」

2026年の鳩の日限定商品は、鳩サブレーが1枚ぴったり収まるサイズのシリコンポーチ「はとっこ」。






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鳩は、八幡神大菩薩(鶴岡八幡宮の神)の使い(神使)。

鳩サブレーの形は、鶴岡八幡宮楼門に掲げられている額の「八」の字の鳩を真似たもの。


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鳩の日


鶴岡八幡宮楼門の額


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8月10日は功徳の日

黒地蔵縁日

四万六千日


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六道の辻の幽霊子育飴~京都のお盆~




幽霊子育飴は、「あの世とこの世の境界」といわれる「六道の辻」にある「みなとや幽霊子育飴本舗」で売られている飴。

日本一古い歴史を持つといわれ、亡くなった母親の幽霊が、自分の子を育てるために、毎晩買いに来たという悲しくも温かい伝説が残されています。

京都のお盆は六道珍皇寺「六道まいり」から始まりますが・・・

先祖の霊を迎えた人々が幽霊子育飴を買い求めるため、「みなとや幽霊子育飴本舗」に立ち寄るのが定番となっているのだとか。



幽霊子育飴


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六道まいり

六道珍皇寺


清水寺の千日詣り

清水寺の本堂

清水寺



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鶴岡八幡宮の立秋祭~ぼんぼり祭~


8月6日から鶴岡八幡宮ぼんぼり祭が始まていますが・・・

8月7日は立秋。

立秋祭は、立秋当日に厳しい夏の暑さを無事に乗り越えられたことを神に感謝し、これから迎える五穀豊穣の秋を祝う神事。


鶴岡八幡宮では、神前に鈴虫の虫籠が神前に供えられ、巫女の舞が奉納されます。




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ぼんぼり祭


夏越祭

立秋祭

実朝祭


鶴岡八幡宮


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四万六千日

黒地蔵縁日

鶴岡八幡宮例大祭


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2026年8月6日木曜日

鶴岡八幡宮の夏越祭~立秋前日の邪気払い~


8月7日は立秋。

夏越祭は、立秋の前日に行われる夏の厳しい暑さによる疲れや邪気を祓い、来る秋を無病息災で迎えるための伝統的な神事。



鶴岡八幡宮の夏越祭は、源氏池のほとりで夏の邪気を祓う神事が行われた後、参道で茅の輪くぐりを行います。

茅の輪くぐり

夏越の舞

舞殿では巫女による夏越の舞が奉納されます。



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ぼんぼり祭


夏越祭

立秋祭

実朝祭


鶴岡八幡宮


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四万六千日

黒地蔵縁日

鶴岡八幡宮例大祭


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2026年8月4日火曜日

六道まいりと千日詣り~お精霊さんと一緒に千日の功徳 京都のお盆~




古くから京都では・・・

多くの人々が六道珍皇寺でお精霊さんを迎えた後(六道まいり)、清水寺千日詣りに参って観音さまのご利益を祈る習わしを大切にしてきたのだとか。




一方で、お精霊さんをお迎えした後は寄り道をせず、まっすぐ家に帰るのが鉄則とも言われます。

これは、六道珍皇寺迎え鐘で呼び寄せたご先祖さまは、高野槇の葉に宿るのだとされているためで、ご先祖さまを家にお迎えする前に寄り道をしてしまうと、ご先祖さまがここが到着地と勘違いして降りてしまう可能性があるから(迷子になってしまうため。)。

ただ、ご先祖さまへの孝行ととともに、現世を生きる自分への功徳(褒美)を得ることも重要なこと。

清水寺千日詣りの参拝は、寄り道ではなく、観音さまにご先祖さまを無事お迎えできた報告をして、一緒に千日分の功徳をいただくための行程。

ただし、千日詣りをした後の寄り道はいけません。



六道まいり

六道珍皇寺


清水寺の千日詣り

清水寺の本堂

清水寺



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2026年8月3日月曜日

覚園寺の黒地蔵は由比ヶ浜にあった?~8月10日は黒地蔵縁日~




仏教説話集の『沙石集』には、由比ヶ浜の辺りに人々から信仰されていた火焼地蔵(ひやけじぞう/ひたきじぞう)と呼ばれる地蔵尊があったことが書かれているようです。

しかし、持主が貧しさのあまり手放すこととなったため、東大寺の願行上人が買い取り、二階堂へ移されたのだとか。

その地蔵尊は丈六(約4.8メートル)。

その後、二階堂の地に覚園寺が建立されて安置されたそうですが・・・

この火焼地蔵は、黒地蔵のことなのでしょうか?

現在の黒地蔵は、鎌倉時代の作とされていますので『沙石集』が書かれた時代と合いますが、大きさがかなり違います(現在の黒地蔵は約170センチメートル)。

東大寺の願行と言うのも気になりますが、泉涌寺と勘違いしたのかもしれません。

由比ヶ浜にあった火焼地蔵が黒地蔵のことだとすると・・・

当時、覚園寺には大小二体の黒地蔵があったことになります。

それとも『沙石集』を著者が霊験の偉大さを強調するために大きなサイズに書いてしまったのか?

いずれにしても、覚園寺黒地蔵は並々ならぬ霊験を持つ尊像として信仰され続けてきたようです。




黒地蔵縁日


覚園寺


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鎌倉の夏

ぼんぼり祭

四万六千日

閻魔縁日


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