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北条政子安産祈願の神社仏閣27ヶ所・・・源頼朝・神馬を奉納する。

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1192年(建久3年)8月9日、朝から 北条政子 が産気づきます。 源頼朝 は、 鶴岡八幡宮 と相模国の 神社仏閣27ヶ所 に祈祷を命じ、神馬を奉納しました。 『吾妻鏡』によれば、 源頼朝 が神馬を奉納した神社仏閣は以下のとおり。 福田寺 〔酒匂〕 小田原市酒匂にある 南蔵寺 が福田寺を前身としているらしい。 平等寺 〔豊田〕 平塚市豊田にある 平等寺 。 範隆寺 〔平塚〕 範隆寺は、平塚市平塚にある 春日神社 の別当だった。 宗元寺 〔三浦〕 横須賀市公郷町にある 曹源寺 が宗元寺を前身としているらしい。 常蘇寺 〔城所〕 常蘇寺は平塚市城所にあった寺。 観音堂に祀られていた三面荒神が 貴船神社 に祀られている。 王福寺 〔坂本〕 大磯町寺坂にある 王福寺 。 新樂寺 〔小磯〕 新楽寺は大磯町にあった寺。 古墳時代の横穴墓の中に祀られている石造十一面観音は 谷戸観音 と呼ばれている。 高麗寺 〔大磯〕 大磯町の高麗山の麓にあった寺で、現在は 高久神社 となっている。 國分寺 〔一宮下〕 聖武天皇によって設置された 相模国分寺 。 海老名にあったとされているが、当時は 寒川神社 の近くにあった可能性もあるという。 弥勒寺 〔波多野〕 松田町寄にある 寄神社 は、かつては神仏混淆で弥勒寺と呼ばれていた。 五大堂 〔八幡。号大會御堂〕 平塚市四之宮にある 北向観音堂 (大会寺)。 寺努寺 逗子市沼間の 神武寺 。 觀音寺 〔金目〕 平塚市金目の 光明寺 (金目観音)。 大山寺 鉄造不動明王で知られる伊勢原市の 大山寺 。 靈山寺 〔日向〕 源頼朝が大姫の病気治癒祈願を行ったという 日向薬師 。 大箱根 箱根町の 箱根神社 。 惣社 〔柳田〕 大磯町国府本郷に鎮座する相模国総社 六所神社 。 一宮 〔佐河大明神〕 寒川町宮山に鎮座する相模国一之宮 寒川神社 。 二宮 〔河匂大明神〕 二宮町山西に鎮座する相模国二之宮 川勾神社 。 三宮 〔冠大明神〕 伊勢原市三ノ宮に鎮座する相模国三之宮 比々多神社 。 四宮 〔前取大明神〕 平塚市四之宮に鎮

瀬戸屋敷のひなまつり・・・開成町の情報

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2013年2月12日から始まる瀬戸屋敷のひなまつり。 瀬戸屋敷は、江戸時代に旧金井島の名主を代々つとめた瀬戸家の屋敷。 瀬戸家収蔵の雛人形や婦人会手作りの色とりどりのつるし雛(7,000個以上)が飾られる「ひなまつり」です。 開成駅に飾られていた「つるし雛」 鎌倉手帳

北条早雲と鎌倉

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北条早雲 は、室町幕府の政所執事を務めた伊勢氏を出自としているといいます。 本当の名は伊勢盛時。 後北条氏(小田原北条氏)の祖。 1493年(明応2年)、 堀越公方 足利政知の子茶々丸を攻撃して伊豆国 韮山城 を奪い取ると、1495年(明応4年)には、相模国の 小田原城 を奪い取り、相模進出の拠点としました。 これが戦国時代の幕開けともいわれています。 ※後北条氏が「北条」を名乗るのは、二代氏綱の代からで、早雲が北条を名乗ったという事実はない。 韮山城址 小田原城 堀越御所跡 相模に進出した 早雲 は、1510年(永正7年)、鎌倉に 住吉城 を築きますが、三浦道寸(義同)によって奪われてしまします。 早雲を退かせた道寸は 岡崎城 に入りました。 ※三浦道寸は、1247年(宝治元年)に 北条時頼 によって滅ぼされた 三浦氏 の末裔(参考: 宝治合戦 )。 住吉城址 からの景色 (逗子市) 岡崎城址 (伊勢原市) 1512年(永正9年)、 早雲 は、道寸の 岡崎城 を攻め、さらに 住吉城 を攻めて道寸を三浦の 新井城 に敗走させます。 これにより早雲は、相模の支配権を手に入れました。 逗子市の 海前寺 には、三浦道寸と 北条早雲 との戦いで討死した武将を葬ったとされる首塚があります。 同じく逗子市の 延命寺 には、三浦道寸の弟道香と主従の墓が建てられています(道香は、道寸が 新井城 に退く際に、ここで自刃しました。)。 海前寺 の首塚 延命寺 の三浦道香主従の墓 そして、 新井城 の三浦道寸攻略のために 北条早雲 によって築かれたのが 玉縄城 。 玉縄城址 北条早雲 は、 玉縄城 を拠点に三浦道寸の籠もる 新井城 を攻め、1516年(永正13年)、三浦道寸を自刃に追い込んでいます。 ※三浦氏は、鎌倉時代と戦国時代の二度にわたって北条氏に滅ぼされたことになります。 新井城址 の三浦道寸の墓 三浦道寸を滅ぼし相模全域を平定した 北条早雲 は、1518年(永正15年)に家督を嫡男氏綱に譲り、1519年(永正16年)に亡くなりました。 ミツウロコの紋 後北条氏が使用した紋は

延喜式内相模十三社めぐり

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延喜式内相模十三社 「延喜式」とは、927年(延長5年)に編纂され、967年(康保4年)に施行された法典。 編纂に着手されたのが905年(延喜5年)だったため「延喜式」と呼ばれています。 「延喜式」は五十巻からなり、そのうち巻九と巻十の神名帳に登載された神社を「延喜式内」と呼びます。 有鹿神社 (海老名市) 石楯尾神社 (相模原市) 宇都母知神社 (藤沢市) 大庭神社 (藤沢市) 大山阿夫利神社 (伊勢原市) 小野神社 (厚木市) 川勾神社 (二宮町) 前鳥神社 (平塚市) 寒川神社 (寒川町) 寒田神社 (松田町) 高部屋神社 (伊勢原市) 比々多神社 (伊勢原市) 深見神社 (大和市)

鎌倉:浄光明寺のスイセン2013/02/08

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浄光明寺 の スイセン 。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鎌倉のスイセン 鎌倉手帳

鎌倉:源氏山公園のツバキ2013/02/08

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源氏山公園 の ツバキ 。散った花びらもきれいです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鎌倉のツバキ 鎌倉手帳