源頼朝が創った武家政権の都「鎌倉」の歴史を中心に、関係地の伝説・文化や自然・寺社の花などの情報をお伝えします。
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別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
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2024年3月24日日曜日
新五千円札の顔は津田梅子~藤と梅子と鎌倉~
2024年(令和6年)7月3日発行予定の新五千円札の肖像画は津田塾大学を創設した津田梅子。
裏面は古くから親しまれてきた「藤の花」。
清少納言
は『枕草子』に
「藤の花は・・・いとめでたし」
と書いています。
津田梅子別荘跡
1929年(昭和4年)7月、津田梅子は鎌倉の稲村ヶ崎に移り住みますが、8月16日、脳出血のため死去(64歳)。
梅子の別荘は、レストランとなっています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
新一万円札の顔は、生涯に約500もの企業の設立などに関わったといわれる
渋沢栄一
。
2023年5月29日月曜日
増上寺の開山・酉誉聖聡は新田義貞の外孫
徳川将軍家の菩提寺・
増上寺
の開山は、酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)。
聖聡は、千葉氏胤の子で、母は
新田義貞
の娘と伝えられています。
千葉の妙見寺(現在の
千葉神社
)で真言密教を学んだ後、浄土宗第七祖の聖冏(しょうげい)に帰依。
浄土宗第八祖となり、多くの門下を育成しました。
徳川家康
が増上寺を菩提寺としたのは、聖聡が新田氏にゆかりがあることにあるのかもしれない・・・
参考までに、上野国(沼田市)の
大光寺
は、家康の先祖とされる
新田義重
(新田氏の祖)の追善のために建立した寺院。
また、家康の生母・
於大の方
の菩提寺・
伝通院
は、聖聡の師・聖冏が開いた寿経寺を始まりとしています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
増上寺は渋沢栄一ゆかりの寺
2023年5月23日火曜日
徳川家康の白本尊~西郷局の菩提寺・宝台院~
徳川家康
の側室
西郷局
の菩提寺・
宝台院
の本尊は阿弥陀立像。
快慶作といわれる家康の念持仏。
当初は白く塗られていたと考えられるため「白本尊」と呼ばれています(国重文)。
もとは三河の
大樹寺
にあったもので、1560年(永禄3年)に十三代住持の登誉天室から譲り受けたものと伝えられています。
登誉天室は、
桶狭間の戦い
後に大樹寺で自害しようとした家康を諭したという僧。
もう一つの念持仏「黒本尊」とともに
駿府城
に安置されていたようですが、1617年(元名3年)、徳川秀忠が宝台院に寄進したのだそうです。
黒本尊は、徳川将軍家の菩提寺・
増上寺
の
安国殿
に置かれています。
宝台院
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2021年11月22日月曜日
徳川慶喜ゆかりの地~東京で渋沢栄一~
小石川後楽園
は、1629年(寛永6年)に水戸藩の初代藩主徳川頼房が中屋敷(のちに上屋敷)に造った庭園。
二代藩主徳川光圀の時に完成。
最後の将軍となった徳川慶喜は、水戸藩上屋敷で生まれました。
小石川後楽園は、国の特別史跡・特別名勝に指定されています。
この2つを重複指定されているのは、浜離宮恩賜公園、
金閣寺
、
銀閣寺
、
醍醐寺三宝院
、
毛越寺
などの九か所のみ。
小石川後楽園
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
徳川慶喜巣鴨屋敷跡
1897年(明治30年)、駿府から巣鴨に移り住んだ徳川慶喜の屋敷があった場所。
慶喜は、ここで4年間を過ごし、小日向第六天町に移っています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
徳川慶喜終焉の地
1901年(明治34年)、小日向第六天町に移り住んだ慶喜は、1913年(大正2年)11月22日、急性肺炎のため没した(享年76)。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2021年の大河ドラマは・・・
渋 沢 栄 一
2021年9月13日月曜日
乃木神社
乃木神社
は、明治天皇大葬の日に自刃した乃木希典と乃木静子を祀る社。
乃木希典(乃木将軍)は、日露戦争で旅順要塞を攻略し、東郷平八郎とともに日露戦争の英雄として讃えられた人物です。
明治天皇の希望により学習院院長を務め、明治天皇は3人の孫の養育係を任せています。
昭和天皇も乃木将軍の教育を受けました。
「いさをある人を教への親として おほし立てなん大和撫子」
明治天皇が乃木将軍の学習院院長就任を祝して贈った歌です。
1912年(明治45年)9月13日、赤坂の自邸で殉死。
赤坂王子稲荷神社
1962年(昭和37年)、乃木夫妻が信仰していた
王子稲荷神社
を勧請して建てられた。
正松神社
乃木が師事した玉木文之進と、その甥の吉田松陰を祀る社。
乃木神社
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2021年の大河ドラマは・・・
渋 沢 栄 一
2021年8月29日日曜日
渋沢栄一が関わった増上寺
昨年から屋根の葺き替え工事が行われている
増上寺
の
大殿
ですが、10月末には完了する予定のようです。
大河ドラマ「青天を衝け」の主人公・
渋沢栄一
は、1909年(明治42年)に火災で焼失した
増上寺
の再建のため1918年(大正7年)に設立された興勝会の副総裁となっています。
また、1926年(大正15年)には、皇女和宮(静寛院)の五十年祥忌法要に参列しています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2021年の大河ドラマは・・・
渋 沢 栄 一
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