別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


ラベル 祭・行事・イベント情報 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 祭・行事・イベント情報 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年9月16日水曜日

流鏑馬の的~鶴岡八幡宮例大祭 小笠原流流鏑馬~



小笠原流流鏑馬で使われる的は、一尺八寸角(55cm)の杉板。

的の中心までの高さが六尺(1.82m)となるように青竹に挟みます。



板的に矢が当たると「パン!」と激しい音がして木っ端微塵に割れますが、この割れ方がきれいなほど縁起が良いとされています。

的は三つ設けられますが、昔は、一から三までの的の当たり外れで、早稲、中稲、晩稲の出来を占ったのだとか・・・



的は、板の角を上下にして菱形になるように挟まれていますが、その理由は?

「的を割れやすくするため」などの説があるようですが、残念ながら明確な説明がなされている資料はないようです。



小笠原流流鏑馬


鶴岡八幡宮例大祭

鶴岡八幡宮


よりともジャパン.com


流鏑馬の埒~鶴岡八幡宮例大祭 小笠原流流鏑馬~




鶴岡八幡宮流鏑馬馬場の長さは140間(254.54m)。

馬場に設けられた柵を「埒」(らち)と呼ばれます。

的側は「男埒」(おらち)と呼ばれ、高さは三尺五寸(約106cm)。

反対側は「女埒」(めらち)と呼ばれ、高さは二尺八寸(約84cm)。

埒の幅は弓一丈・七尺五寸(2m27㎝)。


男埒・女埒と呼ぶ理由は・・・

陰陽道(おんみょうどう)における「陽」と「陰」の思想に由来しているのだとか。

古来より武術や神事は、左を「陽」(男・火・動)、右を「陰」(女・水・静)」とする「左陽右陰」(さようういん)という考え方に基づいた作法によって行われてきました。

日本の伝統文化や儀礼では、「左陽右陰」に基づく「左上位」(左側の方が格上)というルールが取り入れられています。

たとえば、京都の伝統的な「京雛」では、左に男雛(向かってみると右)、右に女雛(向かって見ると左)に飾られます。

流鏑馬では「陽」である進行方向の左側に的が設けられます。

そのため、的側が「男埒」、反対側が「女埒」と呼ばれるようです。


高さの違いは・・・

「的側の高い埒によって馬の走路を安定させる」などの説や、「男=陽」「女=陰」だから、男埒は高く、女埒は低いという説もあるうようですが、明確な理由は不明です。



この画像は、平安時代の『年中行事絵巻』に描かれた騎射の様子ですが、的側の埒が高く設置されているようです。

ということは、源頼朝鶴岡八幡宮で流鏑馬を行うようになってから考案されたものではなさそうです。



小笠原流流鏑馬


埒が明く・埒が明かない


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


鶴岡八幡宮例大祭

鶴岡八幡宮


よりともジャパン.com


2026年9月15日火曜日

横浜の彼岸花の名所で大倉山青柳の和菓子「西方寺 彼岸花」




横浜新羽の西方寺で、老舗和菓子店「大倉山青柳」の「西方寺 彼岸花」が販売されます。

9月26日(土)・27日(日)
10:00~14:00



西方寺は、赤・白・黄の彼岸花の競演で知られる寺(ピンクも咲くよ。)。

9月14日現在で黄が見ごろ。

白は今週半ば頃から。

遅れている赤も来週には。



西方寺の彼岸花

西方寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


日向の彼岸花

小出川の彼岸花


よりともジャパン.com


2026年9月13日日曜日

片鐙の礼~鶴岡八幡宮例大祭 小笠原流流鏑馬~


「片鐙の礼」(かたあぶみのれい)とは、乗馬の際に片方の足だけを鐙から外す伝統的な礼法。




鶴岡八幡宮例大祭で奉仕される小笠原流流鏑馬では、射手が神前や奉行の前を通る際に敬意を表すために片鐙を外して挨拶をします。

あえて自分を不安定な姿勢にして、相手に戦意がないことを示す行為なのだとか。

上の画像は、左足を鐙から外した場面をAIに作成させたイメージ図。

鐙も描いてほしかったのですが・・・



この画像では分かりづらいかもしれませんが、「片方の足を鐙から外す」とは、「足を鐙から完全に抜いてしまう」のではなく、「足の裏を鐙からわずかに浮かせる状態」にする作法。



片鐙の礼


小笠原流流鏑馬



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


鶴岡八幡宮例大祭
9月14日~16日


浜降式 鶴岡八幡宮例大祭
9月14日

鶴岡八幡宮の神幸祭
9月15日

小笠原流流鏑馬
9月16日


鶴岡八幡宮


よりともジャパン.com



2026年9月12日土曜日

道灌まつり~3年振りに「御柱里曳き」を再現!~




2026年の「道灌まつり」では、3年振りに長野県の諏訪大社で7年に一度執り行われる「御柱里曳き」を再現!

引き手募集も募集中!

募集人数 200名
参加費 無料

参加者には里曳きに使用するお揃いの黄色い記念タオルをプレゼント!

申込方法
電話・窓口・メール・電子申請

詳しくは、伊勢原市HPで。



道灌まつり


太田道灌の鷹狩りと山吹の里伝説

北条政子の日向薬師参詣


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


日向の彼岸花

日向薬師

大山寺

大山詣り


源頼朝


よりともジャパン.com


2026年9月11日金曜日

妙本寺祖師堂の特別開帳~龍口法難会~




妙本寺は、日蓮に帰依した比企能本が創建した鎌倉最古の日蓮宗寺院。

祖師堂には開祖の日蓮、第二祖の日朗、第三祖の日輪が祀られています。

日蓮が佐渡に流された龍ノ口法難を記念してに執り行われる9月12日の龍口法難会では、普段非公開の祖師堂が特別開帳されます。



龍口法難会の特別開帳


妙本寺の祖師堂

妙本寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


龍ノ口法難 鎌倉と日蓮


龍口法難会 常栄寺

龍口法難会 龍口寺


よりともジャパン.com


日蓮が日朗らに書いた土籠御書~龍ノ口法難・光則寺の土牢~




1271年(文永8年)9月12日、日蓮の松葉ヶ谷の草庵が平頼綱の兵たちに急襲され、日蓮とともに直弟子や在家信者が捕らえられました。

日蓮龍ノ口刑場へと送られますが、弟子たちは土牢に幽閉されたのだと伝えられています。

光則寺土牢は、直弟子の日朗が幽閉された岩窟。


10月10日、日蓮は佐渡流罪となりますが、佐渡へと旅立つ前日、土牢に幽閉されている弟子たちに手紙を書いています(『土籠御書』)。

弟子たちを案じて書いた『土籠御書』には、牢を出たら佐渡に遊びに来るようにとも書かれており、日朗は、日蓮の佐渡流罪中、8度にわたって佐渡を訪れたのだとか。

光則寺土牢の前には「土籠御書の碑」が建てられていますが、京都の妙覚寺には日蓮が五人の弟子や在家信者に書いた『五人土籠御書』が所蔵されています。



日朗の土牢と土籠御書

光則寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


龍ノ口法難 鎌倉と日蓮


龍口法難会 常栄寺

龍口法難会 龍口寺


よりともジャパン.com