別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


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2026年9月23日水曜日

「義時・江間まつり」~伊豆の国市 2026年9月27日~


「義時・江間まつり」は、伊豆国の江間荘の在地領主で「江間四郎」「江間小四郎」などと呼ばれた北条義時の館跡で開催される祭です。



北條寺で顕彰式が行われた後、江間公園で奉納の舞・源氏太鼓・ミスター武士道さんのトークセッション・朗読劇、キッチンカー、体験ブースなどの催しがあります。




メイン会場の江間公園は、北条義時邸跡とされています。



北條寺は、北条義時創建と伝えられる寺。

源頼朝北条政子ゆかりの寺でもあります。



豆塚神社は、北条義時が崇敬した社で義時神社とも呼ばれています。

「義時・江間まつり」では、豆塚神社御朱印と義時がコラボしたオリジナル切り絵御朱印が販売されます。



北條寺

北條義時邸跡

豆塚神社


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同じ日、韮山城では・・・

韮山城早雲まつり

韮山城跡


韮山は源頼朝ゆかりの地

源頼朝配流の地・北条氏発祥の地

北条の里~頼朝・時政・政子めぐり~

蛭ヶ小島


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2026年9月22日火曜日

荏柄天神社の「かっぱ筆塚」


荏柄天神社「かっぱ筆塚」は、漫画家の清水崑が鎌倉の古道具屋で購入して愛用していた絵筆を納めたもので、1971年(昭和46年)に建てられました。



表には、大きな筆を担いで片膝をたて、片方の足を投げ出している河童の絵。


裏には川端康成揮毫の「かっぱ筆塚」の文字。

毎年10月には、清水崑を偲ぶ「絵筆塚祭」が行われています。



かっぱ筆塚


絵筆塚祭

絵筆塚


荏柄天神社


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日向の彼岸花 スタンプラリー



9月19日(土)から日向薬師バス停周辺の4スポットを巡るスタンプラリーが開催されています(10月4日(日)まで)。






日向の彼岸花

日向薬師


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道灌まつり

大山詣り

大山寺


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2026年9月21日月曜日

仏光国師の大法要~円覚寺開山忌 10月3日~




円覚寺の開山忌は、開山の仏光国師(無学祖元)の命日を供養する法要。


開山の無学祖元は、中国宋の禅僧。

八代執権北条時宗の招きにより来日し、建長寺に住しました。

のちに円覚寺の開山となり、北条氏をはじめとする鎌倉武士の教化に努め、我が国臨済宗の基礎を確立しました。

1286年(弘安9年)9月3日、建長寺で没し、仏光国師の号を賜わています。


開山忌は1か月遅れの10月3日に行われています。

午前10時、一山の僧侶が正続院舎利殿に集まり経を唱えます。

その後、正続院から仏殿に移動し、更に経が唱えられます。



円覚寺開山忌


木造仏光国師坐像


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宝物風入

円覚寺舎利殿公開


円覚寺


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2026年9月19日土曜日

鎌倉長谷寺の大黒天縁日祈願会 9月26日




長谷寺大黒天縁日祈願会は、毎年9月26日。

長谷寺の大黒天は・・・

観音ミュージアムに収蔵されている大黒天像は、神奈川県最古の尊像といわれています。

大黒堂に祀られている「出世開運授け大黒天」は、鎌倉江の島七福神の一つ。

同じく大黒堂に置かれている「さわり大黒」は、さわるとご利益があるのだとか。

誰でも屋外から法要に参列できますが、大黒堂内には若干の席が用意され、希望者には山門下の受付で整理券が配布されます。

受付は9:00~
祈願会は10:00~



大黒天縁日祈願会


鎌倉江の島七福神


長谷寺


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午年 観音さまと特別結縁 全身総開帳

長谷寺の観音堂



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2026年9月16日水曜日

流鏑馬の的~鶴岡八幡宮例大祭 小笠原流流鏑馬~



小笠原流流鏑馬で使われる的は、一尺八寸角(55cm)の杉板。

的の中心までの高さが六尺(1.82m)となるように青竹に挟みます。



板的に矢が当たると「パン!」と激しい音がして木っ端微塵に割れますが、この割れ方がきれいなほど縁起が良いとされています。

的は三つ設けられますが、昔は、一から三までの的の当たり外れで、早稲、中稲、晩稲の出来を占ったのだとか・・・



的は、板の角を上下にして菱形になるように挟まれていますが、その理由は?

「的を割れやすくするため」などの説があるようですが、残念ながら明確な説明がなされている資料はないようです。



小笠原流流鏑馬


鶴岡八幡宮例大祭

鶴岡八幡宮


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流鏑馬の埒~鶴岡八幡宮例大祭 小笠原流流鏑馬~




鶴岡八幡宮流鏑馬馬場の長さは140間(254.54m)。

馬場に設けられた柵を「埒」(らち)と呼ばれます。

的側は「男埒」(おらち)と呼ばれ、高さは三尺五寸(約106cm)。

反対側は「女埒」(めらち)と呼ばれ、高さは二尺八寸(約84cm)。

埒の幅は弓一丈・七尺五寸(2m27㎝)。


男埒・女埒と呼ぶ理由は・・・

陰陽道(おんみょうどう)における「陽」と「陰」の思想に由来しているのだとか。

古来より武術や神事は、左を「陽」(男・火・動)、右を「陰」(女・水・静)」とする「左陽右陰」(さようういん)という考え方に基づいた作法によって行われてきました。

日本の伝統文化や儀礼では、「左陽右陰」に基づく「左上位」(左側の方が格上)というルールが取り入れられています。

たとえば、京都の伝統的な「京雛」では、左に男雛(向かってみると右)、右に女雛(向かって見ると左)に飾られます。

流鏑馬では「陽」である進行方向の左側に的が設けられます。

そのため、的側が「男埒」、反対側が「女埒」と呼ばれるようです。


高さの違いは・・・

「的側の高い埒によって馬の走路を安定させる」などの説や、「男=陽」「女=陰」だから、男埒は高く、女埒は低いという説もあるうようですが、明確な理由は不明です。



この画像は、平安時代の『年中行事絵巻』に描かれた騎射の様子ですが、的側の埒が高く設置されているようです。

ということは、源頼朝鶴岡八幡宮で流鏑馬を行うようになってから考案されたものではなさそうです。



小笠原流流鏑馬


埒が明く・埒が明かない


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鶴岡八幡宮例大祭

鶴岡八幡宮


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