鶴岡八幡宮は、1063年(康平6年)に源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請して創建した由比若宮に始まります。
1180年(治承4年)、鎌倉に入った源頼朝は、由比若宮を小林郷に遷して武家の都の中心に据えました。
翌年には仮宮を立て直し、新造の正殿に御神体が納められています。
1182年(養和2年)には参道の若宮大路も整備されました。
静御前が舞い、流鏑馬が行われ、頼朝の母由良御前の供養のための五重塔が建てられた鶴岡八幡宮でしたが・・・
1191年(建久2年)3月4日、小町大路で火事が発生。
強風にあおられた火は、北条義時、大内惟義、比企朝宗、佐々木盛綱、一品房昌寛、仁田忠常、工藤行光、佐貫広綱など御家人10人の屋敷を焼き、鶴岡八幡宮の五重塔に燃え移ります。
この火事により鶴岡八幡宮は悉く灰燼に帰してしまいました。
3月6日、焼失した鶴岡八幡宮を見た頼朝は涙を流したといいますが、8日には再建工事に着手します。
そして、若宮再建とともに上宮(本宮)を創建し、11月21日に遷宮が行われました(改めて石清水八幡宮の祭神を勧請しています。)。
上宮の建設は、火事による被害を防ぐためだったと考えられています。
毎年12月16日に行われている「御鎮座記念祭」(御神楽)は、遷宮の際に行われた儀式を再現したものです。
頼朝は、遷宮の日に「宮人曲」を唄わせるため、京都から雅楽家の多好方を招いていました。
好方が「宮人曲」を唄うと、神が感応するほどのめでたい出来事の前ぶれだとして、頼朝も感激したのだといいます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
1月1日
1月1日~7日
1月4日
1月5日
1月15日
1月30日~2月1日

































