別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


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2026年1月9日金曜日

本覚寺の夷神は災厄を鎮める守り神~鎌倉えびす~


本覚寺夷神


本覚寺夷神は、黒漆の像で、岩座に座り、厳しい表情で手を合わせている姿。

一般的な恵比寿神は、釣り竿を持って大きな鯛を抱えていますが・・・


(京都)


(京都)


夷(恵比寿・蛭子)は、もともと「海の向こうから福をもたらす神」として漁民に信仰されていたため、右手に釣竿、左脇に鯛を抱える姿が一般的です。

次第に富をもたらす「福の神」として商業者の間で信仰されるようになったのだといいます。

本覚寺夷神は、源頼朝が御所の鬼門の守護神として祀ったことに始まります。

災厄を鎮める守り神として祀られていたことから、「世の中を鎮めた後に幸福が来る」という信仰があるのだとか。




1月10日は夷神の縁日。

本覚寺では「本えびす」が行われます。



鎌倉えびす

本覚寺


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鎌倉 初詣情報

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鎌倉江の島七福神



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2026年1月8日木曜日

蛭子船巡行~祇園えべっさん 京都八坂神社~




1月9・10日は「祇園のえべっさん」。

「祇園のえべっさん」は八坂神社の末社北向蛭子社の祭礼。

1月9日15:00からの蛭子船巡行では、七福神を乗せた蛭子船が八坂神社と四条烏丸間を往復します。









八坂神社は祇園信仰発祥の社とされ、かつては祇園精舎の守護神である牛頭天王を祀っていたことから「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」などと呼ばれていました。



えびす船巡行

宝恵かごホイ!


都七福神


七福神信仰の歴史


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源義経をめぐる京都

歴史めぐり源頼朝


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2026年1月7日水曜日

ゑびす神社の十日ゑびす(初ゑびす)~商売繁盛で笹もってこい!~


日本三大えびすの一つ京都のゑびす神社の祭礼(十日ゑびす大祭・初ゑびす)は、1月8日から12日の5日間にわたって行われます。

ゑびす神は都七福神めぐりの一つです。




ゑびす神社は、1202年(建仁2年)、栄西建仁寺を建立するにあたり、その鎮守として創建されました。

1191年(建久2年)、宋からの帰りに暴風雨に遭って難破しそうになった栄西の前に「えびす神」が現れ、その加護によって難を逃れたのだと伝えられています。

このエピソードは『都名所車』に載せられ、そこには毎年9月20日(旧暦)が祭礼であったことが記されているようです。

※9月20日は、えびす神が海からおいでになる日。

※現在は10月20日にえびす講大祭(二十日えびす)が行われています。


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~えびす信仰~

江戸時代になると、呉服を中心とした京都や近江の商人の「渡り商い」とともに「えびす信仰」が発展していきます。

江戸をはじめとする全国各地を渡りながら商いをする者たちは、9月20日頃になると京へと帰り、「えびす神」の尊像を奉り、旅の安全と商売繁盛に感謝するお礼参りが行われるようになります。

そして、年末年始を京で過ごした商人たちは1月10日に「えびす神」を参拝した後、再び全国へと旅立っていったのだそうです。

一説によると1月10日は、えびす神が海へ帰る日なのだとか。

こういった風習が全国の「えびす信仰」へ繫がっていったようです。



「宝恵かご社参」は、江戸時代に呉服問屋の旦那衆がひいきの芸者を連れて商売繁盛を祈願したのが始まりなのだとか。

東映太秦映画村の俳優さんたちが江戸時代の芸妓姿に扮して行われていましたが、2026年は、人手不足などの理由から中止となってしまったようです。


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~福笹~

「十日ゑびす」では、福笹が授与されますが、この笹も京都独自のもので、えびす神の持つ釣り竿にヒントを得て考えられたものなのだそうです。

そして、「ささ」は京言葉で「酒」を意味します。

ゑびす神社では、「商売繁盛で笹もってこい!」の掛け声とともに吉兆笹が授与されますが、「商売が繁盛したら、おささ(酒)を持ってお参りをしなさい」という意味があったのだとか・・・



11日の午後2時からと午後8時からは、 舞妓さんの奉仕による福笹授与があります。




ゑびす神社



宝恵かごホイ!

えびす船巡行


都七福神


七福神信仰の歴史


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銭洗水で福銭に!~鎌倉初詣 銭洗弁財天 初巳祭 2026年1月7日~


銭洗弁財天宇賀福神社は、1185年(文治元年)に源頼朝が「西北の仙境に湧きだしている霊水で神仏を祀るように」という宇賀神のお告げによって創建したという神社。

奥宮(洞窟内)の湧き水は、銭洗水鎌倉五名水のひとつ。

1685年(貞享2年)に徳川光圀が編纂させた『新編鎌倉志』には・・・

「隠里の巌窟の中にあり。福神銭を洗と云う。鎌倉五水の一也」

と紹介されています。


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五代執権北条時頼は、巳成金(みなるかね)の日に参拝することを推奨したのだといいます(北条時頼の銭洗い)。

巳成金の日は、60日に一度巡ってくる「己巳の日」(つちのとみのひ)=弁財天の縁日。

そして、いつのころからか、霊水で銭を洗うと数倍になるという信仰が生まれました。

特に巳の日は多くの参拝者で賑わいます。

洗った銭は持っているのではなく、使う事によって「数倍になって返ってくる」のだとか。


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2026年(令和8年)の初巳の日は1月7日。

銭洗弁財天宇賀福神社では、巳の刻(10:00)から初巳祭が執り行われます。



初巳祭



宇賀神と稲荷神と弁財天


銭洗弁財天


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2026年1月6日火曜日

六日年越の若菜摘みと七草粥~七日正月に無病息災を祈る!~


七草粥は、1月7日に食べる春の七草を入れた粥(かゆ)。

日本では古くから、正月に「若菜摘み」という習慣がありました。

摘み取られた若菜は、健康や長寿を祈る贈り物とされていたようですが、中国から七草を入れた七種菜羹(七草の吸い物)が伝わると、それと融合して「七草粥」になったのだとか。





清少納言の『枕草子』や紫式部『源氏物語』にも「若菜摘み」の話が登場しますが、平安時代は粥ではなく吸い物として食べられていました。

粥となったのは室町時代からのようです。

平安時代の七草が何の草だったのかはわかりませんが・・・

室町時代には「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」に定着していたようです。


鎌倉の大船観音寺では、毎年1月7日に七草粥が振舞われています(11:00から)。



七草粥


白馬節会

青馬「池月」


小豆粥


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2026年1月5日月曜日

2026年午年 京都 上賀茂神社 白馬奏覧神事





上賀茂神社は、賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)を祀る社。

母は下鴨神社に祀られている玉依媛命(たまよりひめのみこと)。

神話によると・・・

玉依媛命は賀茂川(加茂川)の川上から流れてきた丹塗矢を持ち帰ったところ懐妊して男子を出産。

その男子は成長すると天に昇ってしまいますが、ある夜、夢の中に男子が現れ

「葵桂(あおいかつら)を作って飾り、を走らせて、神迎の祭を行うように」

と告げられます。

お告げのとおりに祭事を営むと、神山に賀茂別雷大神が降臨したのだとか。


玉依媛命と賀茂別雷大神~賀茂神社由来物語と葵祭~


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神の使いである馬は、飛躍と成功の縁起物。

新年に白馬を見るとか邪気が祓われるといわれています。

上賀茂神社には神山号という白馬が飼育されています。

1月7日は「白馬奏覧神事」。

宮中の白馬節会(あおうまのせちえ)を神事化したもので、神山号に大豆が与えられ国家安泰が祈願されます。

10:00~

厄除七草粥の振る舞いもあります。



上賀茂神社


神馬訪い巡り


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白馬節会

七草粥


青馬「池月」

馬頭観音


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