源頼朝が創った武家政権の都「鎌倉」の歴史を中心に、関係地の伝説・文化や自然・寺社の花などの情報をお伝えします。
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別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
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2026年4月28日火曜日
GW江の島トンボロ~海の道が現れそうな日は?~
江の島トンボロ
とは、干潮時に
江の島
と対岸の片瀬海岸が地続きになる現象のこと。
潮位が20センチメートルより低くなる時に現れるとされています。
5月1日から6日は、トンボロが現れるかも・・・
干潮時刻の前後1時間程度がチャンス!
【干潮時間】
5月1日 10:34
5月2日 11:05
5月3日 11:37
5月4日 12:09
5月5日 12:42
5月6日 13:18
※トンボロは当日の気象状況などにより、必ず現れるわけではありません。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
潮が引くと現れる遺跡
2026年4月27日月曜日
円覚寺 2026GW企画 功徳林~国宝舎利殿を拝観して法話と坐禅~
ゴールデンウィーク中の3日間、
円覚寺
で法話会・坐禅会が開催されます。
「功徳林」(くどくりん)とは、善い行いを積み重ねる場という意味。
場所は宿龍殿(
正続院
の客殿)。
開催期間中は、
正続院
にある国宝
舎利殿
も特別公開されています。
円覚寺の拝観料
大人500円
小中学生200円
舎利殿拝観料
大人300円
小中学生100円
法話・坐禅会参加料
(各回)
大人500円
小中学生300円
2026年4月26日日曜日
GW 鎌倉光明寺~寺宝展と山門楼上特別拝観~
光明寺
は、四代執権北条経時創建の寺。
浄土宗関東総本山。
お十夜
の寺として知られています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
5月6日(水)まで「寺宝展」と「山門楼上特別拝観」が開催されています。
(10:00~15:00)
拝観料は・・・
寺宝展:500円
山門楼上公開:500円
寺宝展では、普段は非公開の貴重な宝物が展示されます。
今年は
大殿
の大改修特集も。
雲に飛天
解体修理で発見された「雲に飛天」(板絵)や修理の経過報告などの資料展示が行われます。
山門
光明寺の
山門
(三門)は、
鶴岡八幡宮
の表門だったともいわれ、鎌倉一大きさ。
「天照山」の扁額は、後花園天皇の直筆。
三門楼上には、釈迦三尊、四天王、十六羅漢が祀られています。
2026年4月25日土曜日
紫陽花シーズンの「出張鎌倉ミュージアム」~長谷寺~
「出張鎌倉ミュージアム」は、鎌倉市観光協会主催の鎌倉の寺社を会場した期間限定のイベント。
普段は公開されていない秘仏や貴重な文化財を特別に拝観できるもので、紫陽花シーズンの6月は「閉門後の特別参拝とあじさい鑑賞」。
開催場所はアジサイの名所・長谷寺。
閉門後、観音堂を特別参拝。
その後、
観音山あじさい散策路
の特別鑑賞。
観音ミュージアム
の貸切鑑賞も。
問い合わせは、鎌倉市観光協会まで。
TEL: 0467-23-3050(平日9:00-17:00)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年4月24日金曜日
GW鎌倉 壽福寺で鶴岡八幡宮の仁王像
イメージ図
鶴岡八幡宮
は、明治維新を迎えるまでは神仏混淆の宗教施設で「鶴岡八幡宮寺」と呼ばれていました。
上の画像は、幕末に記者として来日していたイギリスの画家チャールズ・ワーグマンが描いたスケッチをイラスト化したもの。
参道の奥には仁王像を安置する仁王門があり、周辺には仏教施設が建ち並んでいましたが、1868年(明治元年)に発せられた神仏分離令により仏教施設は悉く廃除されてしまいました。
仁王像
(イメージ図)
神仏分離による廃仏毀釈の運動により、鶴岡八幡宮の多くの仏教建築や仏像が失われましたが、一部の仏像や宝物は他の寺院に移されています。
仁王門に安置されていた仁王像もその一つ。
現在は
壽福寺
の
仏殿
に安置されています。
普段は
仏殿
に近づくことはできませんが、毎年、ゴールデンウィーク期間中に特別拝観が実施されています。
仏殿内には入れませんが、本尊の釈迦如来や仁王像を拝観することができます。
※公開の有無や期間等は確認願います。
2026年4月23日木曜日
「木下長秀書状」(豊臣秀長の最古の書状)~長浜城歴史博物館で企画展開催~
長浜城歴史博物館で企画展「秀吉と秀長、天下への道のりー兄弟が駆け抜けた激動の10年ー」が開催されます。
展示の目玉は、豊臣秀長が「木下長秀」を名乗っていた頃の「木下長秀書状 黒田郷惣百姓中宛」。
【開催期間】
4月25日(土)~6月14日(日)
豊臣秀長が織田信長に仕えた頃の名は「木下小一郎長秀」。
「木下長秀書状 黒田郷惣百姓中宛」は、「長秀」の名が古文書に初めて登場する極めて貴重な史料。
8月16日の日付があるもので、信長が浅井長政の
小谷城
を包囲した1573年(天正元年)に北近江の黒田郷の百姓全員に出された文書と考えられています。
内容は・・・
戦火を避けて山中などに避難していた農民たちに村へ戻るよう命じるとともに、兵による乱暴狼藉を一切禁止することを約束しています。
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