別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


ラベル 鎌倉の寺社・史跡・伝説 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2026年7月23日木曜日

宝戒寺の子育経読地蔵尊~7月24日は地蔵まつり~




宝戒寺は、新田義貞鎌倉攻めによって滅ぼされた北条高時をはじめとする北条一族を弔うために建立された寺院。

本尊は地蔵菩薩坐像。

この像には不思議な伝説が2つ。


子育地蔵の伝説

宝戒寺門前で子どもが生まれそうになったとき、子どもをとりあげる世話をしてくれた見知らぬお坊さんがお地蔵さまの化身だった・・・


経読地蔵の伝説

毎晩夜中に本堂から聞こえる読経。

修行を怠った僧侶の代わりにお地蔵さまがお経を読んでいた・・・


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


宝戒寺地蔵まつり

宝戒寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ぼんぼり祭

黒地蔵縁日

四万六千日


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2026年7月21日火曜日

鶴岡八幡宮ぼんぼり祭2026




2026年の鶴岡八幡宮のぼんぼり祭は8月6日から9日の4日間。

鎌倉にゆかりのある文化人や著名人による約400点のぼんぼりが仕立てられ、夕刻になると灯かりがともされ幻想的な光に包まれます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆



初日は立秋の前日。

夏越祭

源氏池のほとりで夏の邪気を祓う神事が行われた後、参道で茅の輪くぐりを行います。



二日目は立秋。

立秋祭

夏の間の無事を感謝する神事が行われ、神前には神域で育てられた鈴虫が供えられます。



最終日は三代将軍源実朝の誕生日。

実朝祭

白旗神社で実朝の遺徳を偲ぶ神事が行われ、神前には選ばれた俳句や短歌などが献上されます。





☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ぼんぼり祭


夏越祭

立秋祭

実朝祭


鶴岡八幡宮


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2026年7月10日金曜日

スサノオの里帰り~小動神社と江の島八坂神社の天王祭~




腰越の小動神社と江の島の八坂神社の天王祭は、かつて、「小動神社に祀られていたスサノオの御神像が江の島に流れ着いた」という伝説に基づいて開催される祭礼。

7月12日(日)の神幸祭では、浜降り式を行った八坂神社の神輿が海を渡り、龍口寺前で小動神社の神輿と合流して里帰りします。







10:00 発輿

11:00 海上渡御

14:00 龍口寺前到着

15:00 小動神社着御祭

16:10 小動神社発輿

17:00 龍口寺前でお別れ






小動神社天王祭

江の島天王祭


大海士と木臼の伝説!


江の島八坂神社

小動神社


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2026年7月9日木曜日

源頼朝の鶴岡八幡宮新宮若宮


現在の鶴岡八幡宮は、1180年(治承4年)に源頼義が創建した由比若宮源頼朝が遷座したことに始まります。

遷座した理由は、八幡神を武家の都の中心に据えるため。

武士たちの精神的な団結を図る狙いがありました。



遷座された由比若宮は「鶴岡八幡宮新宮若宮」と呼ばれます。

「新宮」は新たな社殿、「若宮」は石清水八幡宮の分霊を祀った社という意味(現在の摂社若宮とは異なります。)。



遷座された当初は仮殿でしたが・・・

翌年、社殿を本格的に造営し、仮殿から正殿へ新造しました。

新たな社殿は、鎌倉の本格的な街づくり起点となり、翌1182年には参道の若宮大路段葛放生池が整備されます。



源頼朝の鎌倉入りと鶴岡八幡宮新宮若宮


鶴岡八幡宮


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2026年7月1日水曜日

七夕まつりで恋愛成就祈願!~鶴岡八幡宮の鈴懸神事~




七夕は、織姫と彦星が年に一度だけ巡り会うことができる日とされています。

そのため、古くより良縁祈願や恋愛成就に極めて強いご利益がある日とされてきました。


鶴岡八幡宮では、七夕まつりの開催期間中に縁結びや良縁を祈願する「鈴懸神事」が執り行われます。

七夕飾りで彩られた舞殿で行われる縁結びや良縁を祈願できる特別な神事です。

梶の葉をかたどった色紙や短冊型の絵馬に願い事を書いて奉納すると・・・

巫女さんが頭上で神楽鈴を響かせて、願いが叶うよう祈念をしてくれます。

その後、本殿に向かって拝礼して、色紙や絵馬を舞殿の周囲に巡らされた紐に結びます。



鶴岡八幡宮の七夕まつりは・・・

7月1日から7日。

7日には七夕祭神事が執り行われます。



鶴岡八幡宮の七夕まつり


梶の葉に和歌を詠んで・・・

源実朝の七夕歌


鶴岡八幡宮


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鎌倉の夏祭り

夏だ!休みだ!鎌倉だ!



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2026年6月30日火曜日

源頼朝が本拠地とした鎌倉は「天下を収めるのに適した地」




源頼朝は、河内源氏六代棟梁の源義朝の嫡男。

1159年(平治元年)の平治の乱平清盛に敗れ、父義朝は尾張国で命を落とし、頼朝は伊豆国に流されました。

それから約20年を伊豆国で流人生活を送っていましたが、1180年(治承4年)8月に源氏再興の挙兵を果たします。

相模国へ進軍後、石橋山の戦いに大敗してしまいますが、安房国に渡って再挙。

下総国・上総国・武蔵国の武士団を率いて10月7日に鎌倉に入ります。



『吾妻鏡』によると、当時の鎌倉は辺鄙な所で、漁師と百姓以外住んでる人が少なかったようですが・・・

それでも「天下を収めるのに適した地だった」ようです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


頼朝に鎌倉を本拠とするよう進言したのは千葉常胤だったといわれています。

常胤は、

「先祖が残した遺跡であって、地形は堅固で敵を防ぐのに適し、陸からの配備も、海上路としても、四方の国郡に達するのに便利であり、兵たちを集めるのにも、軍事用の食糧を運ぶのも思いのまま」

と進言した上で・・・

「鎌倉」を以下のように説明したようです。


☆「鎌倉」という地名は、大織冠藤原鎌足の伝説に由来している。


伝説によると、飛鳥時代の貴族・中臣鎌足は、鹿島神宮を詣でる途中の由比の里(現鎌倉)で、鎌槍をこの地に埋めれば天下はよく治まるという夢告を受けたのだとか。

この鎌足の鎌槍伝説は、鎌足がが中大兄皇子(のちの天智天皇)らとともに蘇我氏を滅ぼし(乙巳の変)、大化の改新を断行した直後の646年のもの。

鎌足は669年に亡くなりますが、亡くなる前日に大織冠を授けられ藤原姓を賜ったのだといわれています。


☆鎌足の玄孫染屋時忠が鎌倉に居住して関東八か国の追捕使を勤めていた。


鎌足の玄孫といわれる染屋時忠は、飛鳥時代から奈良時代にかけて鎌倉に住んで、関東諸国の総司令官として東国8ヶ国を治め、「由比の長者」と呼ばれていたそうです。

鎌倉最古といわれる甘縄神明神社は時忠の創建と伝えられています。


☆平貞盛の孫平直方は、源頼義に娘を娶らせ、八幡太郎義家が誕生すると、鎌倉の地を義家に譲り、以来、鎌倉は源家重代の領有地となった。


京都で藤原道長や頼通に仕えていた平直方は、鎌倉に所領を与えられ、大蔵の地に屋敷を構えて関東の本拠地としていました。

平直方は、平将門の乱を鎮圧した平貞盛の孫。

直方から鎌倉の地を譲り受けた源頼義は、由比郷に石清水八幡宮の分霊を迎えて由比若宮を創建しています。


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染屋時忠邸跡

元八幡・由比若宮


歴史めぐり源頼朝


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