別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
2026年1月29日木曜日
大町釈迦堂口遺跡が期間限定で公開されます!~鎌倉:未知の寺院遺跡?~
2月26日から大町釈迦堂口遺跡が期間限定で公開されます。
危険木伐採や転落防止柵の設置などの整備が一部完了したことに伴うもの。
【公開期間・時間】
2026年2月26日(木)〜3月11日(水)
10時〜16時
大町釈迦堂口遺跡は、釈迦堂切通の東側、衣張山西側中腹にある遺跡。
2008年(平成20年)の発掘調査まで、鎌倉幕府初代執権の北条時政邸とされてきましたが、鎌倉時代後期から室町時代にかけてあった未知の廃寺跡の可能性が高いとのこと。
国の指定史跡で、日本遺産『いざ、鎌倉』の構成文化財にも認定されています。
史跡の指定範囲は、名越ヶ谷と呼ばれる谷戸の最奥部に位置している平場と、その周辺の山稜部。
山稜部には、木曽義仲が源頼朝を暗殺するために送り込んだ唐糸の伝説が残された「唐糸やぐら」や壁面に彫られた丸い穴が特徴の「日月やぐら」など数多く存在しています。
釈迦堂切通は、大町と名越を結ぶ切通。
現在は崩落の危険があるため通行することはできません。
名は二代執権北条義時の供養のために三代執権北条泰時が建てた釈迦堂に由来しています。
2026年1月23日金曜日
2026年1月9日金曜日
本覚寺の夷神は災厄を鎮める守り神~鎌倉えびす~
本覚寺の夷神は、黒漆の像で、岩座に座り、厳しい表情で手を合わせている姿。
一般的な恵比寿神は、釣り竿を持って大きな鯛を抱えていますが・・・
(京都)
(京都)
夷(恵比寿・蛭子)は、もともと「海の向こうから福をもたらす神」として漁民に信仰されていたため、右手に釣竿、左脇に鯛を抱える姿が一般的です。
次第に富をもたらす「福の神」として商業者の間で信仰されるようになったのだといいます。
本覚寺の夷神は、源頼朝が御所の鬼門の守護神として祀ったことに始まります。
災厄を鎮める守り神として祀られていたことから、「世の中を鎮めた後に幸福が来る」という信仰があるのだとか。
1月10日は夷神の縁日。
本覚寺では「本えびす」が行われます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年1月7日水曜日
銭洗水で福銭に!~鎌倉初詣 銭洗弁財天 初巳祭 2026年1月7日~
銭洗弁財天宇賀福神社は、1185年(文治元年)に源頼朝が「西北の仙境に湧きだしている霊水で神仏を祀るように」という宇賀神のお告げによって創建したという神社。
奥宮(洞窟内)の湧き水は、銭洗水は鎌倉五名水のひとつ。
1685年(貞享2年)に徳川光圀が編纂させた『新編鎌倉志』には・・・
「隠里の巌窟の中にあり。福神銭を洗と云う。鎌倉五水の一也」
と紹介されています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
五代執権北条時頼は、巳成金(みなるかね)の日に参拝することを推奨したのだといいます(北条時頼の銭洗い)。
巳成金の日は、60日に一度巡ってくる「己巳の日」(つちのとみのひ)=弁財天の縁日。
そして、いつのころからか、霊水で銭を洗うと数倍になるという信仰が生まれました。
特に巳の日は多くの参拝者で賑わいます。
洗った銭は持っているのではなく、使う事によって「数倍になって返ってくる」のだとか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年(令和8年)の初巳の日は1月7日。
銭洗弁財天宇賀福神社では、巳の刻(10:00)から初巳祭が執り行われます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年1月1日木曜日
謹賀新年~午年 源頼朝と馬~
あけましておめでとうございます。
2026年(令和8年)が、皆様にとって実り多き素晴らしい一年となりますようお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
新しい一年の無病息災や平安を祈って初詣に行かれる方も多いと思いますが・・・
1181年(治承5年)1月1日卯刻(午前6時頃)、源頼朝は鶴岡八幡宮を参拝し、1月1日の朝を「鶴岡八幡宮へ奉幣奉るの日」と定めました。
これが初詣が広まるきっかけになったとも・・・
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
古代から馬は神聖なものとされ、人々は自然に宿る神に祈願し、生きた馬(神馬)を奉納してきました。
源頼朝も北条政子の安産祈願などで神馬を奉納していました。
1月7日に白馬神事が行われる大坂の住吉大社にも神馬を奉納しています。
茨城県の鹿島神宮には、頼朝が神馬を奉納した際に寄進したという鞍(梅竹の鞍)が残されています。
鶴岡八幡宮には・・・
もちろん神馬を奉納していますが、天下泰平・五穀豊穣・厄除け・病気平癒などを願う神事として流鏑馬も奉納しています。
流鏑馬は現在でも鶴岡八幡宮の神事として行われています。
馬の代わりに木の板に馬の絵を描いて奉納するようになったのが「絵馬」。
絵馬の発祥地は、源義経も祈願したという京都の貴船神社が有力です。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
頼朝の愛馬というと「磨墨」と「池月」。
頼朝はこの2頭を1180年(治承4年)の挙兵の際(鎌倉入りの前)に得ました。
特に「池月」は青い毛並みで白の斑点を浮かべた馬だったのだとか。
古代日本の宮中では、年頭に青馬を見ると年中の邪気を除くとされ、白馬(青馬)節会が催されてきました。
京都の上賀茂神社の「白馬奏覧神事」(はくばそうらんしんじ)、大阪の住吉大社の「白馬神事」(あおうましんじ)は宮中の「白馬節会」を伝承しています。
茨城県の鹿島神宮の「白馬祭」(おうめさい)は、頼朝の又甥にあたる四代将軍藤原頼経が宮中よりもたらした祭事と伝えられています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
登録:
コメント (Atom)































