別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2026年3月8日日曜日

義高ウォーク2026~GW木曽義高を偲ぶ歴史ウォーキングイベント~




「義高ウォーク」は、入間川で非業の死を遂げた木曽義高(源義高)を偲んで開催されている歴史ウォーキングイベント。


義高は木曽義仲の嫡男。

人質として鎌倉に送られていましたが、1184年(寿永3年)2月、源頼朝が義仲を滅ぼすと、4月、婚約者だったという頼朝の長女大姫の計らいで鎌倉から逃亡。

4月26日、入間川で討手追いつかれ殺害されてしまいますがが、義高は鎌倉街道を祖父源義賢ゆかり大蔵、父義仲を救った畠山重能ゆかりの菅谷方面を目指していたのだといわれています。

「義高ウォーク」は、狭山市駅西口市民広場から→義高を祀る清水八幡宮義高の鯉のぼり会場→義高を助けた影隠地蔵などを巡って→嵐山町の大蔵館を目指します(約24km)。





【開催日】
2026年5月4日(月祝)

【集合場所」
西武新宿線狭山市駅西口市民広場

【受付時間】
 7:20~9:20

【出発式】
 8:00~

【出発】
 8:30~ 

【参加費】
1000円(中学生以下無料)


参加申込みはここから
(QRコードを読み込むかクリック・タップ)
 ↓


こちらからも
(弁当800円が用意されます)  ↓


フォームでの申込は4月27日まで。

それ以降は5月1日まで電話で受付しています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


記念の缶バッジ




大姫コースは清水八幡宮影隠地蔵などを巡る市内約3㎞のショートコース。
9:00~10:30

参加100円
申込不要

缶バッジは先着50名。



義高の鯉のぼり


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


木曽義高の誅殺

大姫

北条政子


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2026年3月7日土曜日

静桜~静御前終焉の地に咲く桜~




埼玉県久喜市の静御前の墓に咲く静桜は、5枚の花弁の中に、おしべが花びらのように変化した旗弁(はたべん)が混じる珍しい桜。

静御前源義経の菩提を弔うために植えた桜が名の起こりと伝えられています。

例年の見ごろは4月中旬。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


1185年(文治元年)、義経が兄源頼朝の不興を買って都落ちしたときも行動を共にしていた静御前

しかし、逃亡途中の吉野山で別れることに。

義経と別れた後、捕えられて鎌倉に送られた静は、1186年(文治2年)4月8日、頼朝の命により鶴岡八幡宮で舞を奉納。

義経を慕う舞に頼朝は激怒しますが、北条政子を感動させる素晴らしい舞だったのだとか。

閏7月29日、静は鎌倉で義経の子を出産しますが、生まれた子は男子だったため殺され、9月16日、傷心のまま鎌倉を離れて京へ向かったのだといわれています。

一方、吉野山で別れた義経は、1187年(文治3年)、奥州平泉藤原秀衡のもとへ。

久喜市の伝承によると・・・

静は義経のいる平泉へと向かいますが、1189年(文治5年)閏4月30日、義経は平泉の衣川館で自刃。

下総国下河辺荘伊坂(現在の久喜市栗橋)で義経の死を知って病気となった静は、9月15日、伊坂の地で亡くなったのだとか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


静桜~静御前終焉の地に咲く桜~


静の舞

静の舞


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鎌倉の桜


春旅!鎌倉

鎌倉GW特集


鎌倉アジサイ特集


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2026年2月24日火曜日

狩宿さくらまつり2026~源頼朝ゆかりの狩宿の下馬ザクラ~


富士宮市の「狩宿さくらまつり」は、源頼朝ゆかりの狩宿の下馬桜を中心に開催される桜祭。

地元特産品の販売やお茶席・舞台公演などが催されます。








「狩宿さくらまつり」の会場は、1193年(建久4年)の富士裾野の巻狩り源頼朝が本陣としたという井出館



井出館の門前に聳えるのが源頼朝が馬を繋いだという「狩宿の下馬ザクラ」(駒止の桜)。


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狩宿の下馬ザクラ


狩宿さくらまつり

狩宿さくらまつりウォーク


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富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち

巻狩りと仇討ち

白糸の滝

歴史めぐり源頼朝


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2026年2月23日月曜日

源頼朝船出の浜~源頼朝旗挙祭~



真鶴町の岩海岸は、源頼朝船出の浜として知られています。

1180年(治承4年)8月24日、石橋山の戦いに敗れた源頼朝は、山中を逃げまどい、一時、箱根権現に身を潜めますが、土肥郷(現在の真鶴町)に下り、8月28日、岩海岸から船出したのだと伝えられています。



伝説によると・・・

頼朝を乗せた船が海上へ漕ぎ出すと、大庭の軍兵(追手)が浜にやってきます。

追手は村人に「あの船は何だ」と問いますが、村人は「近くで鮫が出て漁の妨げになっているので、それを追い払うための鮫追船です」と回答。

その言葉を信じた追手は引き上げ、頼朝は難を逃れることができたのだとか。

のちに天下を制した頼朝は、村人の功を賞して船の税を免除(舟疫免除)したのだといいます。

小田原北条氏もこれにならって舟疫免除し、江戸時代になっても続けられたのだと伝えられています。




2026年(令和8年)3月22日(日)、岩海岸では源頼朝旗挙祭が開催されます。



源頼朝旗挙祭2026


源頼朝旗挙鍋






☆ ☆ ☆ ☆ ☆


湯河原・真鶴の源頼朝伝説


湯河原町では・・・
土肥祭
(4月5日)

夏には・・・
貴船祭
(7月24日・25日)


歴史めぐり源頼朝


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2026年2月18日水曜日

源頼朝旗挙げ武者行列2026~湯河原町~




「源頼朝旗挙げ武者行列」は、伊豆国で挙兵した源頼朝土肥実平らととも土肥郷から石橋山に出陣する様子を再現するイベント。




1180年(治承4年)8月17日、伊豆国で挙兵した源頼朝は、伊豆国の目代・山木兼隆を討ち、20日、相模国へと進軍。

土肥実平も嫡男の遠平とともに頼朝に従います。

土肥郷に入った頼朝は、石橋山の戦いにのぞむため五所神社で戦勝祈願を行ったのだと伝えられています。

「源頼朝旗挙げ武者行列」では、五所神社から桜木公園までを武者姿などの土肥実平源頼朝北条時政北条政子がパレードします。




実平の菩提寺・城願寺では、実平と頼朝主従の法要が営まれます。



土肥祭


真鶴では・・・
源頼朝旗挙祭2026
3月22日開催!

源頼朝旗挙鍋


湯河原・真鶴の源頼朝伝説

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