別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年9月2日水曜日

「道灌まつり2026」の芸能人配役が発表されました。




伊勢原市観光イベント「道灌まつり」のハイライト「太田道灌公鷹狩り行列」と「北条政子日向薬師参詣行列」の配役が発表されました。

太田道灌役は・・・

日本テレビ「news every.」の天気予報コーナーで子どもたちから大人気の気象予報士で防災士の木原実さん。

北条政子役は・・・

俳優・モデルとして幅広く活躍し、バラエティ番組の司会を務めるなど、若者から中高年まで認知度が高い黒谷友香さん。

芸能人トークショーでは、そらジローも登場。



道灌まつり


太田道灌の鷹狩りと山吹の里伝説

北条政子の日向薬師参詣


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日向薬師

大山寺

日本遺産:大山詣

源頼朝


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2026年8月31日月曜日

龍口法難会の胡麻の餅




藤沢片瀬の龍口寺や鎌倉の常栄寺の龍口法難会は「ぼたもち供養」とも呼ばれています。

そして、配られる牡丹餅は「難除け牡丹餅」「首継ぎの牡丹餅」とも呼ばれます。

これは、龍ノ口刑場へ護送される途中の日蓮に桟敷の尼が胡麻の餅を捧げられた故事に由来し、胡麻の餅のおかげで日蓮が処刑を奇跡的に免れたことから、災難除けや延命のご利益がある縁起物とされています。

ただ、日蓮法難にあった1271年(文永8年)からそうだったのではないようです。

「桟敷の尼伝説」が文献に現れるは1721年(享保6年)のことで、胡麻の餅を供えるという習慣が登場するのは1858年(安政5年)のようです。

その後、牡丹餅そのものに霊験があると考えるようになり、「難除け牡丹餅」「首継ぎの牡丹餅」になったのかも。



ご難ぼたもちの伝説

源頼朝の千羽鶴の放生会と桟敷の尼


龍口法難会 龍口寺

龍口法難会 常栄寺


龍口寺

常栄寺


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2026年8月30日日曜日

日向の里山に咲く彼岸花~源頼朝・北条政子ゆかりの里山風景~




源頼朝北条政子が信仰した日向薬師の麓の里山は彼岸花の群生地。

例年の見頃は9月中旬から下旬。

見ごろの時期には臨時観光案内所が設置されます。

2026年の臨時観光案内所は

9月19日(土)~23日(水)の連休と
9月26日(土)・27日(日)



日向のヒガンバナは小田急伊勢原駅からバスで。

伊勢原駅北口3番乗場「日向薬師行」終点下車。





日向の彼岸花

日向薬師


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道灌まつり

大山寺


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小出川彼岸花まつり2026




藤沢市、寒川町、茅ヶ崎市を流れる小出川沿いには、約3㎞にわたって彼岸花が咲きます。

2026年の彼岸花まつりは・・・

9月26日(土)

彼岸花まつりの当日は、各地区のブースで地域の特産品や地元野菜等が販売されます。

スタンプラリーも。

小出川沿いには多くの寺社が多くあるので、歴史好きの人も楽しめます。






小出川の彼岸花

小出川彼岸花まつり


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鎌倉の彼岸花

日向の彼岸花


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2026年8月29日土曜日

頼朝まつり~源頼朝上陸地 鋸南町~




鋸南町は源頼朝ゆかりの地。

1180年(治承4年)、石橋山の戦いに敗れた頼朝は、再挙するため、真鶴から船出し、8月29日、安房国の平北郡猟島に上陸しました。

平北郡猟島は、現在の竜島海岸と考えられています。


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「頼朝まつり」は、源頼朝が鋸南町で再起を図った歴史にちなんだで開催されている祭です。

2026年は、10月8日(木)から22日(木)。




「道の駅保田小学校」をメイン会場に、さまざまな歴史・文化イベントが行われます。






頼朝まつり

源頼朝の上陸地


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頼朝船出の浜では・・・
源頼朝旗挙祭

源頼朝船出の浜


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2026年8月28日金曜日

桟敷の尼の伝説と源頼朝と日蓮





1187年(文治3年)8月15日、源頼朝鶴岡八幡宮放生会を催します。

その際、由比ヶ浜では千羽鶴の放生が行われたという言い伝えがありますが・・・

その千羽鶴の放生会を頼朝が観覧するための桟敷(展望台)があった場所が、現在の常栄寺の裏山だったのだと伝えられています。

この文治3年に誕生したのが、後に頼朝の桟敷を管理するようになる桟敷の尼なのだとか。


後世の創作である可能性が極めて高い伝承ですが、この伝承には1271年(文永8年)の日蓮龍ノ口法難が関係しています。

頼朝の千羽鶴の放生会は、江戸時代後期になると浮世絵に描かれるようになります。

その頃に生まれたのが龍ノ口刑場へ護送される途中の日蓮に、信者の桟敷の尼が胡麻の餅を捧げ、日蓮が奇跡的に処刑を免れたというドラマチックな物語。

この話が各地で語り継がれるようになり、最終的には鎌倉時代の偉人・源頼朝が催した鶴岡八幡宮放生会と結び付けられて語られるようになったのかもしれません。

桟敷の尼は、日蓮の本物の手紙の中にも書かれている人物なので、鎌倉に実在したことは確かなようですが・・・

桟敷の尼の伝承が伝説の域を出ないとすると、「桟敷」とは何なのか?

日蓮は、信者を呼ぶときは本名ではなく、住んでいる地名を冠していたようなので、桟敷とは、頼朝の展望台のことを言っているのではなく地名のことのようです。

では「桟敷の尼」とは誰のことか?

一つは、日蓮の直弟子六老僧の一人で、材木座の実相寺を開いた日昭の母親とする説。

もう一つは、日昭の兄・印東祐信の妻とする説。

常栄寺では後者をとっているようですが、どちらの説にしても・・・

龍ノ口法難後の日蓮を支え続けてきた熱心な信者。

頼朝が伊豆に流された際に、その生活を支え続けてきた比企の尼をはじめとする乳母のような存在だったのかもしれません。

日蓮が鎌倉で説いた法華経は、人間だけでなく動物なども含めたすべての命が仏になれることを説いたもの。

頼朝が催した鶴岡八幡宮放生会は、捕らえられた魚や鳥などの生きものを野外や海に放ち、殺生を戒めて命を救う法会で、法華経の思想が強く影響されている儀式です。

法華教信者であり観音信者だった頼朝は、伊豆の流人時代には毎月18日の観音菩薩の縁日に放生を欠かさなかったのだといいます。

鎌倉は、その法華教信者だった頼朝が創った武家の都、日蓮はそこで法華経こそ真の教えと説きました。

「頼朝が千羽鶴の放生会を観覧するために作った桟敷に、後に桟敷の尼という法華教信者が住み着き、日蓮のために胡麻の餅を捧げた」という桟敷の尼の伝説は、頼朝と日蓮の法華経の因縁から生まれたものだったのかもしれません。

参考までに、常栄寺の伝承では、桟敷の尼は比企の尼の養子となった比企能員の妻の妹とされています。



源頼朝の千羽鶴の放生会と桟敷の尼

ご難ぼたもちの伝説


常栄寺


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龍口法難会 常栄寺

龍口法難会 龍口寺


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2026年8月27日木曜日

伊勢原観光 道灌まつり~2026年10月3日・4日~




「道灌まつり」は伊勢原市の観光イベント。

伊勢原市で生涯を閉じた戦国武将・太田道灌にちなんで付けられた名称です。

祭のハイライトは「太田道灌公鷹狩り行列」と「北条政子日向薬師参詣行列」。

毎年、有名人が太田道灌と北条政子に扮して行われています。




「太田道灌公鷹狩り行列」、「北条政子日向薬師参詣行列」は・・・

10月4日(日)。

道灌と政子に扮する有名人は、9月1日発表の予定。



道灌まつり


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日向薬師

大山寺


日本遺産:大山詣


歴史めぐり源頼朝


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