別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年10月26日月曜日

「莫煩悩」~無学祖元が北条時宗に与えた禅語~




「莫煩悩」(まくぼんのう・煩悩するなかれ)

八代執権北条時宗に宋から招かれて建長寺・円覚寺に住持した無学祖元が、蒙古襲来という国難に立ち向かう時宗に贈った語。


一切の迷いの心・何かを満たそうと望む心を捨て、為すべき事に集中せよ!


「莫煩悩」の文字を師より受けた時宗は、元の襲来の報が入ると、無学祖元に「喝」(かつ)という言葉を告げて、自分の決意を示したと伝えられています。



莫煩悩


宝物風入


建長寺

円覚寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


建長寺の紅葉

円覚寺の紅葉


鎌倉の紅葉

北鎌倉の紅葉


よりともジャパン.com


2026年10月25日日曜日

鶴岡八幡宮の弁財天(国の重要文化財)




鶴岡八幡宮が所蔵する木造弁財天坐像は、1266年(文永3年)に舞楽師の中原光氏が奉納したもの。

鎌倉時代に流行した着物を着せ替えることができる「裸形像」で国の重要文化財。

現在は鎌倉国宝館に寄託されていますが、もとは源氏池の旗上弁財天社に置かれていたものと考えられています。



鶴岡八幡宮の弁財天


旗上弁財天社

鶴岡八幡宮


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


鶴岡八幡宮初詣特集

鎌倉初詣特集

鎌倉江の島七福神


よりともジャパン.com


北条義時の菩提寺だった釈迦堂~鎌倉の廃寺~




かつて、衣張山中腹の釈迦堂ヶ谷には、1225年(嘉禄元年)、三代執権北条泰時が父義時の菩提を弔うために建てた釈迦堂がありました。



本尊は、京都の清凉寺の三国伝来の釈迦如来を模刻した清涼寺式釈迦如来像。

廃寺となった時期は不明ですが、清涼寺式釈迦如来像は杉本寺に安置された後、東京目黒の大円寺に移されたのだといわれています。

大町釈迦堂口遺跡は釈迦堂跡という説も・・・



釈迦堂


衣張山

大円寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


釈迦堂切通

大町釈迦堂口遺跡


よりともジャパン.com


秋の特別公開:旧川喜多邸別邸 (旧和辻邸) ~鎌倉~




旧川喜多邸別邸は、日本の映画界の発展に尽力した川喜多長政・かしこ夫妻の旧邸内に建てられた歴史的建造物。

哲学者・和辻哲郎が居住していた建物を移築したもので「景観重要建築物等」に指定されています。

秋の特別公開は・・・

10月31日(土)
11月1日(日)
11月3日(火・祝)

10:00~16:00
(11月3日は15:00まで)

企画展「陰翳の中で金繕いを再発見する」では、漆で器を繕う「漆繕い」の作品を展示。


【観覧料】
一般500円
小・中学生250円
川喜多映画記念館の特別展「LIVING IN CINEMA 俳優役所広司」のチケットで観覧できます。
鎌倉市民は証明書提示で無料となります。


10月10日(土)・11日(日)に行われた一般公開では土間までの入場でしたが、特別公開では靴を脱いで邸内を観覧することができます。



旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


旧川喜多邸別邸の前の窟小路は平安時代からの古道。

鎌倉時代には源頼朝が地蔵堂を建てて信仰していました(松源寺)。

鎌倉市川喜多映画記念館と旧川喜多邸別邸の敷地は、松源寺の跡地と考えられています。


窟堂(巌窟不動)と廃寺となった松源寺

窟小路


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


宝物風入
10月31日~11月2日

鎌倉の紅葉


よりともジャパン.com


2026年10月24日土曜日

大山紅葉ライトアップ2026~伊勢原市~




2026年11月20日(金)~11月29日(日)

平日   日没~19:00
土休祝日 日没~20:00


紅葉ライトアップ期間中は、大山ケーブルカーの夜間運行が行われます。

2026年11月20日(金)~11月29日(日)
平日は19:00まで
土日祝日は20:00まで



大山寺の紅葉


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


鎌倉の紅葉


長谷寺紅葉ライトアップ

建長寺の紅葉

覚園寺の紅葉

遊行寺紅葉ライトアップ


よりともジャパン.com

鎌倉彫20人展~円覚寺宝物風入2026~




円覚寺の宝物風入の期間中、鎌倉彫の現代作家20人の作品が境内の選仏場に展示されます。

8:30〜16:30
(最終日15:00まで)

入場無料(円覚寺拝観料は必要)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


源頼朝が武家の都とし、政治・文化・経済の中心として栄えた鎌倉には、多くの寺院が建立され、仏像の造立もさかんに行われました。

鎌倉に集まった仏師たちは仏像だけではなく、光背・台座・香合・食器・燭台などの仏具も制作していました。


鎌倉彫は、宋の工人陳和卿(ちんなけい)が持ってきた彫漆工芸「紅花緑葉」をもとに、運慶の子康運が作った仏具がはじまりと考えられています。

※「紅花緑葉」とは、朱漆と緑漆を交互に塗り重ね、朱漆の部分に花、緑漆の部分に葉を掘った工芸品のこと。

彫漆工芸は、漆を何百回も塗り重ねた漆の層に彫刻を施すもので、手間も時間もかかり費用もかかりました。

そこで考え出されたのが、木に彫刻してから、その上に漆を塗るという方法。

初めは宋の影響が残されていましたが、次第に日本独自の工芸品へと変化していきました。

それが今に伝わる「鎌倉彫」です。


室町・江戸時代になると茶道の流行によって、仏師たちは茶道具・文具・食器などの調度品を鎌倉彫で製作するようになり、宮廷や武家以外の町人の生活にも広がっていきました。

江戸時代の『三条西実隆日記』には、「鎌倉物」と記されています。




しかし、明治になると神仏分離令が出され、それに伴う廃仏毀釈の運動により、多くの仏師が職を失ってしまいます。

ついには、仏師の家は後藤家と三橋家のみとなってしまいますが、両家は、仏師としての副業であった鎌倉彫を本業とすることにし、パリ、ウィーン、アメリカで開催された万国博覧会に鎌倉彫を出品するなど、新時代の鎌倉彫制作に努力しました。

やがて鎌倉が別荘地、保養地として栄えるようになると、茶托・盆・菓子皿などの日用品としての需要も多くなっていきます。

そして、1979年(昭和54年)、「伝統的工芸品」の指定を受けるに至ります。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鎌倉彫再興碑

窟小路


宝物風入

円覚寺舎利殿公開

円覚寺


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


円覚寺の紅葉

北鎌倉の紅葉

鎌倉の紅葉


よりともジャパン.com