別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年7月3日金曜日

祇園祭の「はも道中」~八坂神社に淡路島の鱧が奉納される!~


はも道中


京都の八坂神社の祭礼「祇園祭」は、「鱧祭り」とも呼ばれますが・・・

7月6日(月)は、八坂神社に淡路島の「活ハモ」が奉納される「はも道中」




四条通をハモを入れた木桶や淡路人形浄瑠璃の人形、クイーン淡路らが練り歩きます。

その後、八坂神社の本殿でハモを奉納する神事が執り行われ、神事が終わると・・・

ハモの骨切実演や、限定200食の「ハモすき」の振る舞いも。



夏の京都のハモ料理・はも道中


祇園祭


八坂神社


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浅草寺の四万六千日・ほおずき市




四万六千日は観音菩薩の特別な縁日。

浅草寺の四万六千日は、毎年7月9日・10日。

この日に参拝すると46000日分の功徳が得られるとされています。

ほおずきを買うと、主に「無病息災」「厄除け」に御利益があるのだとか。



四万六千日 ほおずき市 浅草寺

浅草寺



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四万六千日 鎌倉朝詣り

黒地蔵縁日 鎌倉覚園寺の地蔵盆



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2026年7月1日水曜日

七夕まつりで恋愛成就祈願!~鶴岡八幡宮の鈴懸神事~




七夕は、織姫と彦星が年に一度だけ巡り会うことができる日とされています。

そのため、古くより良縁祈願や恋愛成就に極めて強いご利益がある日とされてきました。


鶴岡八幡宮では、七夕まつりの開催期間中に縁結びや良縁を祈願する「鈴懸神事」が執り行われます。

七夕飾りで彩られた舞殿で行われる縁結びや良縁を祈願できる特別な神事です。

梶の葉をかたどった色紙や短冊型の絵馬に願い事を書いて奉納すると・・・

巫女さんが頭上で神楽鈴を響かせて、願いが叶うよう祈念をしてくれます。

その後、本殿に向かって拝礼して、色紙や絵馬を舞殿の周囲に巡らされた紐に結びます。



鶴岡八幡宮の七夕まつりは・・・

7月1日から7日。

7日には七夕祭神事が執り行われます。



鶴岡八幡宮の七夕まつり


梶の葉に和歌を詠んで・・・

源実朝の七夕歌


鶴岡八幡宮


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鎌倉の夏祭り

夏だ!休みだ!鎌倉だ!



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2026年6月30日火曜日

織田信長が関心をもった竹生島の「青葉の笛」~人間五十年・・・~




琵琶湖に浮かぶ竹生島には、「青葉の笛」と呼ばれる横笛が伝来していました。

源義経所持と伝えられるもので、現在は彦根城博物館(滋賀県彦根市)に連管 銘義経丸」(れんかん めいよしつねまる)」として所蔵されています。

この笛に関心をもったのが織田信長。

信長といえば、幸若舞の『敦盛』。

『敦盛』は、一ノ谷の戦いで討たれた平家の若武者・平敦盛と、敦盛を討った源氏の武将・熊谷直実の悲劇を題材としたもの。

敦盛が所持していたのも「青葉の笛」でした。

「人間五十年・・・」

信長は竹生島宝厳寺から「青葉の笛」を借り出しているのだとか。



竹生島の青葉の笛



竹生島


宝厳寺

竹生島神社


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安土城

摠見寺


本能寺の変


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源頼朝が本拠地とした鎌倉は「天下を収めるのに適した地」




源頼朝は、河内源氏六代棟梁の源義朝の嫡男。

1159年(平治元年)の平治の乱平清盛に敗れ、父義朝は尾張国で命を落とし、頼朝は伊豆国に流されました。

それから約20年を伊豆国で流人生活を送っていましたが、1180年(治承4年)8月に源氏再興の挙兵を果たします。

相模国へ進軍後、石橋山の戦いに大敗してしまいますが、安房国に渡って再挙。

下総国・上総国・武蔵国の武士団を率いて10月7日に鎌倉に入ります。



『吾妻鏡』によると、当時の鎌倉は辺鄙な所で、漁師と百姓以外住んでる人が少なかったようですが・・・

それでも「天下を収めるのに適した地だった」ようです。


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頼朝に鎌倉を本拠とするよう進言したのは千葉常胤だったといわれています。

常胤は、

「先祖が残した遺跡であって、地形は堅固で敵を防ぐのに適し、陸からの配備も、海上路としても、四方の国郡に達するのに便利であり、兵たちを集めるのにも、軍事用の食糧を運ぶのも思いのまま」

と進言した上で・・・

「鎌倉」を以下のように説明したようです。


☆「鎌倉」という地名は、大織冠藤原鎌足の伝説に由来している。


伝説によると、飛鳥時代の貴族・中臣鎌足は、鹿島神宮を詣でる途中の由比の里(現鎌倉)で、鎌槍をこの地に埋めれば天下はよく治まるという夢告を受けたのだとか。

この鎌足の鎌槍伝説は、鎌足がが中大兄皇子(のちの天智天皇)らとともに蘇我氏を滅ぼし(乙巳の変)、大化の改新を断行した直後の646年のもの。

鎌足は669年に亡くなりますが、亡くなる前日に大織冠を授けられ藤原姓を賜ったのだといわれています。


☆鎌足の玄孫染屋時忠が鎌倉に居住して関東八か国の追捕使を勤めていた。


鎌足の玄孫といわれる染屋時忠は、飛鳥時代から奈良時代にかけて鎌倉に住んで、関東諸国の総司令官として東国8ヶ国を治め、「由比の長者」と呼ばれていたそうです。

鎌倉最古といわれる甘縄神明神社は時忠の創建と伝えられています。


☆平貞盛の孫平直方は、源頼義に娘を娶らせ、八幡太郎義家が誕生すると、鎌倉の地を義家に譲り、以来、鎌倉は源家重代の領有地となった。


京都で藤原道長や頼通に仕えていた平直方は、鎌倉に所領を与えられ、大蔵の地に屋敷を構えて関東の本拠地としていました。

平直方は、平将門の乱を鎮圧した平貞盛の孫。

直方から鎌倉の地を譲り受けた源頼義は、由比郷に石清水八幡宮の分霊を迎えて由比若宮を創建しています。


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染屋時忠邸跡

元八幡・由比若宮


歴史めぐり源頼朝


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梶の葉の和歌~天の川の織姫と彦星に願いを届ける!



平安時代の宮中では、「梶(かじ)の葉」に和歌を書いて願い事をする風習がありました。

里芋の葉に溜まった夜露を集めて墨を摺り、梶の葉に和歌を詠んで織姫や彦星に手向けていました。

里芋の葉に作られるきれいで大きな露の玉は、「天の川の雫(しずく)」と考えられていたようです。

和歌が詠まれた梶の葉は、川に流されていましたが・・・

梶の葉が「天の川を渡る舟の舵(かじ)となって、織姫と彦星のもとへ願いを運んでくれる」というロマンチックな信仰から生まれたのだとか。

鶴岡八幡宮七夕まつりでは、梶の葉をかたどった色紙や短冊型の絵馬に願いを込めて、舞殿の周囲に張り巡らされた紐に結びます。



梶の葉に和歌を詠んで・・・

源実朝の七夕歌


鶴岡八幡宮の七夕まつり

鶴岡八幡宮


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鎌倉の夏祭り

夏だ!休みだ!鎌倉だ!



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2026年6月29日月曜日

小動神社天王祭2026~神幸祭は7月12日 鎌倉の夏祭り~


小動神社天王祭


小動神社天王祭は、7月第1日曜日から第2日曜日にかけて行われる小動神社の祭礼。

江の島八坂神社の祭礼(江の島天王祭)と同時開催される行合祭です。

伝説や歴史上の人物をモチーフにした人形を乗せた山車も見どころ。


出御祭
7月5日 16:30~

宵宮祭
7月11日 18:00~

神幸祭
7月12日 9:30~

行合祭は午後。

八坂神社の神輿が海上渡御を行った後、海を渡って14:00頃に龍口寺前で合流します。

小動神社の神輿も海上渡御を行っていましたが、ここ数年行われていません。



小動神社天王祭

小動神社


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江の島天王祭

江の島八坂神社


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