別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年9月10日木曜日

面掛行列の阿亀(おかめ)と源頼朝





御霊神社面掛行列は、爺・鬼・異形・鼻長・烏天狗・翁・火吹男・福禄・阿亀・女の面を付けた十人衆の行列。

その中心人物は、妊婦姿で特別に着飾った九番目の阿亀(おかめ)。


伝説によると・・・

源頼朝は非人頭の娘を身籠らせてしまします。

娘のもとへと通う頼朝の警護は非人たちが行ったそうですが、身分の低い者だったので、面を着けていたそうです。

それが面掛行列の起こりともいわれ、妊婦の阿亀(おかめ)が行列に加わっているのはそのためなのだとか・・・。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


阿亀の大きなお腹は豊年・豊漁を呼び込むお腹です。

阿亀のお腹をさすると・・・

「安産の御利益」

子のない夫が阿亀の役を務めると・・・

「子宝に恵まれる」

と伝えられています。



面掛行列の阿亀


御霊神社の面掛行列

鶴岡八幡宮の面掛行列と御霊神社の面掛行列

鶴岡八幡宮の放生会と流鏑馬


御霊神社


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2026年9月9日水曜日

日蓮が袈裟を掛けた松~龍ノ口法難~




稲村ガ崎にある日蓮袈裟掛松跡は・・・

1271年(文永8年)9月12日夜半、裸馬に乗せられて龍ノ口刑場へと護送される日蓮が松の枝に袈裟を掛けたという地。

龍ノ口刑場で処刑される予定だった日蓮は、袈裟を血で汚すのはおそれ多いと思ったのだとか。




日蓮袈裟掛松

龍ノ口法難 鎌倉と日蓮


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龍口法難会 常栄寺

龍口法難会 龍口寺


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2026年9月8日火曜日

韮山城早雲まつり2026~伊豆の国市~




韮山城北条早雲が居城とした平山城。

昨年、韮山城跡が国指定史跡となったことを記念して「韮山城早雲まつり」が開催されます。

2026年9月27日(日)
10:00~15:00

甲冑行列、国清汁の振舞い、シイタケの原木プレゼントなどのイベントが盛りだくさん。

甲冑行列には、埼玉県寄居町の「寄居北條まつり」で活躍する甲冑隊が参加。

国清汁は、伊豆の国市の古刹国清寺に伝わる精進料理。

伊豆は、原木しいたけ栽培の発祥の地とも。



韮山城早雲まつり

韮山城跡


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北条早雲の城

小田原城

玉縄城

興国寺城


韮山は源頼朝ゆかりの地

源頼朝配流の地・北条氏発祥の地

北条の里~頼朝・時政・政子めぐり~

蛭ヶ小島


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2026年9月7日月曜日

北条政子の日向薬師参詣~道灌まつりでは参詣行列が。~




日向薬師は、1192年(建久3年)8月9日、源頼朝北条政子の安産祈願のため、馬を寄附して読経をあげさせた寺社の一つ。

この日に誕生したのが、三代将軍となった源実朝


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


『吾妻鏡』には、1210年(承元4年)6月8日と1211年(建暦元年)7月8日の二度、北条政子日向薬師を参詣したことが記録されています。

この頃、源実朝は、1208年(承元2年)に患った疱瘡の後遺症(痘痕(あばた))による精神的ショックから、鶴岡八幡宮参拝をはじめとする公式行事に姿を現さない状況が続いてしました。

『吾妻鏡』には、政子が日向薬師を参詣した理由が記されていませんが、二度目の参詣時には実朝の妻坊門姫も同行していることから、実朝の病気平癒祈願ではなかったのかと。

参考までに、政子は二度目の参詣後、鶴岡八幡宮薬師如来を安置しています。


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秋の日向薬師の麓は彼岸花の里。

政子が日向薬師参詣のために歩いた日陰道にも彼岸花が咲きます。

10月の道灌まつりでは、「太田道灌公鷹狩り行列」と「北条政子日向薬師参詣行列」が。




北条政子の日向薬師参詣


日向の彼岸花

日向薬師


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道灌まつり

太田道灌の鷹狩りと山吹の里伝説


大山寺

大山詣り


源頼朝


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2026年9月6日日曜日

福面まんじゅう~御霊神社の面掛行列の面を模した菓子~




「福面まんじゅう」は、御霊神社「面掛行列」で使われる面をかたどったもので、御霊神社入口にある力餅家で作られている菓子です。

面掛行列の中心人物「阿亀」や鎌倉江の島七福神の一つ「福禄寿」などが人気のようですが、自分で好きな面を指定して選ぶことは基本的にできません。

どの顔が当たるかはその時々の楽しみ。




力餅家の福面まんじゅう


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御霊神社例大祭


鎌倉神楽~御霊神社~

御霊神社神幸祭

御霊神社の面掛行列


御霊神社


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重籐弓で射落とした扇の的~那須与一の伝説 屋島の戦い~




1185年(元暦2年)、讃岐国の屋島。

『平家物語』によると、

屋島の戦いの夕暮れ時、源義経の軍勢が引き上げようとするところに、沖の方から平家の美しい女房を乗せた小舟が一艘が現れ・・・

竿の先につけた紅色に日輪が描かれた扇を掲げ、「これを射落としてみよ」と挑発してきました。

義経は弓の名手・那須与一を呼び寄せて扇の的を射落とすよう命じます。

海に馬を乗り入れた与一は、約80メートル先の扇を見事に射抜き、扇を空へと舞い上がらせたのだとか。

このとき与一が所持していたのが重籐の弓。

重籐弓は大将や弓の名手にしか所持できない特別な弓。

鶴岡八幡宮例大祭で奉仕される小笠原流流鏑馬でも許しを得た者だけが使用できる最高格の弓です。





那須与一の扇の的

屋島の戦い


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重籐弓

小笠原流流鏑馬


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2026年9月5日土曜日

蓑を借りるつもりが少女に山吹を差し出された太田道灌~道灌まつり~




太田道灌は、扇谷上杉家の家宰を務めた戦国武将。

ある日、鷹狩り中に急な雨に遭った道灌。

蓑を借りようと、一軒の農家に立ち寄りますが・・・

中から出てきた少女が差し出したのは山吹でした。

腹を立た帰った道灌でしたが、後から

七重八重
花は咲さけども
山吹の
実のひとつだに
なきぞ悲かなしき


という古歌を引用して「実の」と「蓑」をかけて、「蓑もない有様でごめんなさい」という意味であることを知ったのだとか。

以降、道灌は和歌の勉強に励んだのだと伝えられています。



太田道灌の鷹狩りと山吹の里伝説


北条政子の日向薬師参詣

道灌まつり


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日向薬師

大山寺

大山詣り


源頼朝


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