別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年6月17日水曜日

源頼義の由比若宮~平氏の鎌倉から源氏の鎌倉~


(イメージ図)

由比若宮は、鶴岡八幡宮の元宮。

1063年(康平6年)に河内源氏二代棟梁の源頼義が氏神である京都の石清水八幡宮を勧請して創建した神社と伝えられています。

河内源氏は河内国石川郡壺井(現在の大阪府羽曳野市壺井)を本拠地とした清和源氏の一流。

何故、河内源氏の頼義が鎌倉に石清水八幡宮の分霊を迎えたのか?

それには、平安時代に鎌倉を所領としていた武者たちの歴史が関係しています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


平安時代中期の鎌倉は、桓武平氏が治める地でした。

京都で藤原道長や頼通に仕えていた平直方は、鎌倉に所領を与えられ、大蔵の地に屋敷を構えて関東の本拠地としました。

同時期、甘縄には平良文を祖とする鎌倉氏が屋敷を構えていました。

平直方は、摂関家に仕える「在京軍事貴族」。

鎌倉氏は、在庁官人(在地豪族)。

両者は異なる拠点や役割を持って多層的に鎌倉を支配していたようです。


その平安時代中期の1028年(長元元年)に起こったのが、房総平氏の祖平忠常の反乱(平忠常の乱)。

朝廷から追討使として派遣されたのは平直方でした。

直方は鎌倉を拠点にして鎮圧しようとしますが苦戦。

戦闘が長期化し、房総地方は荒廃を極めてしまいます。

1030年(長元3年)、朝廷は直方を更迭し、河内源氏の棟梁源頼信を後任に抜擢。

翌年、頼信が現地に赴くと、忠常は戦わずして降伏。

東国の大武士団を屈服させたことで、頼信の武名は東国や朝廷に一躍轟き渡ることになります。

一方、直方は武人としての名誉を失い、関東における平氏の勢力は失墜。

河内源氏が東国武士団を従え、勢力を拡大することとなりますが・・・

直方は、源氏の台頭を認め、頼信の一族に臣従する道を選択。

頼信の嫡男源頼義に自分の娘を嫁がせ、東国の拠点としていた鎌倉の大蔵邸や所領を頼義に譲り渡しました。

これにより、鎌倉は河内源氏の東国支配の拠点となります。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


1051年〜1062年にかけて、陸奥国で発生した大規模な戦乱(前九年の役)では、頼義は鎮守府将軍として赴任しますが・・・

鎌倉をはじめとする東国武士団を動員・招集して前線へ送り込んでいます。

前九年の役の平定後、頼義はその勝利に感謝するため、鎌倉に源氏の氏神である石清水八幡宮を鎌倉に勧請(神の分霊を迎えること)したのだと伝えられています。

1081年(永保元年)には頼義の子義家が社殿を修復しています。





元八幡・由比若宮



石清水八幡宮

鶴岡八幡宮


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2026年6月16日火曜日

山ノ内八雲神社例大祭2026~鎌倉の祇園祭・天王祭~




山ノ内八雲神社は京都の祇園社(八坂神社)を勧請して創建された社。

江戸時代までは牛頭天王を祀る天王社でした。

そのため例大祭は天王祭とも呼ばれます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


最終日の神幸祭(神輿渡御)は、山崎八雲神社(北野神社)の神輿と合流する行合祭。

山ノ内八雲神社と山崎八雲神社(北野神社)の現在の祭神は、スサノオノミコト。

スサノオと言えば八岐大蛇(やまたのおろち)退治の伝説。

姉・天照大神(あまてらすおおみかみ)の高天原(たかまがはら)で乱行を働いたスサノオは出雲に追放されます。

そこで出会ったのが老夫婦とその娘・稲田姫命(クシナダヒメ)。

老夫婦から、娘がヤマタノオロチに食われてしまうこと聞いたスサノオは、娘を嫁にもらう約束でヤマタノオロチを退治したのだといいます。

その際、スサノオが詠んだのが「八雲立つ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣造る その八重垣を」。

これが日本最初の和歌だと言われています。

八雲神社という社名は、この歌に因むもので、山ノ内と山崎の行合祭は、「スサオノとクシナダのめぐり逢い」の伝説を今に伝えている祭事です。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


7月12日(日)
宮出し
9:30~


7月15日(水)
中日神事
19:30~(御仮屋)


7月18日(土)
宵宮まつり
15:00~20:00(円覚寺駐車場)
宵宮神事
17:30~(御仮屋)
神輿渡御
17:50~

※宵宮まつりのの大抽選会終了後、打ち上げ花火が計画されています(20:00頃)。


7月19日(日)
神輿渡御
10:00御仮屋出発
子供神輿
11:00
建長寺~八雲神社
出会いの儀神事
天王屋敷で14:20頃から
宮入り
15:30

※神輿渡御を先導するのは令和の洪鐘祭で復活した面掛行列。



八雲神社例大祭 北鎌倉の天王祭

山ノ内八雲神社


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鎌倉祇園大町まつり

八雲神社例大祭 極楽寺

江の島天王祭

小動神社天王祭


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2026年6月15日月曜日

佐々木盛綱が鎌倉に迎えた八王子権現~小動神社~




鎌倉腰越の小動神社は、源頼朝の挙兵を助けた近江源氏の佐々木盛綱が創建した社。


『吾妻鏡』によると、1184年(元暦元年)12月7日、平家追討のため源範頼に従って西海に赴いていた盛綱は、頼朝の代官として備前国の児島に拠る平行盛を攻めるため進軍を開始。

しかし、海に遮られ、どうしていいか考えていると・・・

行盛がしきりに挑発してきます。

戦闘意欲を掻き立てられた盛綱は、家人六騎とともに馬に乗りながら藤戸の海三丁余(約300m)を渡り、行盛を攻め滅ぼしたのだとか(藤戸の戦い)。


社伝によると、合戦後、鎌倉に凱旋した盛綱は、神恩に報いるため、信仰していた近江国の「八王子権現」の分霊を鎌倉に迎えることにします。

その地を探していたところ、江の島弁財天へ参詣する途中に登った小動山の風光を気に入り、神域と定めまたのだといいます。




八王子権現は、近江国(現在の滋賀県)の八王子山(牛尾山)における山岳信仰と、天台宗および山王信仰が融合して誕生した神仏習合の神。

明治の神仏分離まで、日吉大社の奥宮・牛尾神社は八王子宮あるいは八王子権現とも呼ばれていました。

近江国を本拠としていた佐々木氏は、氏神の沙沙貴神社を信奉するとともに八王子権現を守護神として崇敬していたのだとか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


小動神社

小動神社天王祭


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鎌倉の夏祭り

鎌倉紫陽花特集

夏だ!休みだ!鎌倉だ!



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2026年6月14日日曜日

明智光秀は腐った鯉料理を出した?~安土城の宴席~




1582年(天正10年)5月、織田信長は徳川家康を功を労うため、家康を安土城に招いて豪華な宴席を設けました(安土饗応)。

接待役は明智光秀。

光秀が用意した料理の中には、当時の最高食材だった「鯉」を使ったものもありました。


鯉のまなす(イメージ)


光秀が用意した鯉は、天下一のブランド「淀の鯉」(京都の淀川で獲れた鯉)だったようですが、腐っていたため信長が激怒。

信長に蹴られたり殴られたりした光秀は、そのことを恨み本能寺の変を起こしたという説がありますが・・・

このエピソードはのちに語られたもので、実際は何事もなく大成功に終わったのだとか。



安土城


安土饗応

明智光秀が用意した鯉料理


本能寺の変


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2026年6月13日土曜日

鎌倉祇園 大町まつり2026~大町八雲神社の祭礼~





大町まつりは、明治の神仏分離まで鎌倉祇園社と呼ばれていた八雲神社の祭礼。

八雲神社は、永保年間(1080年頃)に新羅三郎義光が京都の祇園社(現在の八坂神社)の神霊をお迎えしたことに始まる鎌倉最古の厄除け神社。

当時、八坂神社に祀られていたのは疫病退散の神とされた牛頭天王。

そして、祇園祭は疫病を鎮めるために始められた八坂神社の祭礼。

鎌倉の大町まつりも祇園祭として900年以上も続けられてきた伝統行事。


7月11日(土)
 9:30~ 例大祭
 13:00~ 神幸祭
 19:00~  夜まつり


7月12日(日)
 18:30~ 大富くじ大会

7月13日(月)
 13:00~ 縁日
 21:00~ 還幸祭



鎌倉祇園大町まつり

大町八雲神社


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八雲神社例大祭 極楽寺

八雲神社例大祭 北鎌倉山ノ内の天王祭

江の島天王祭

小動神社天王祭


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2026年6月12日金曜日

祇園御霊会~祇園祭の始まり~




863年(貞観5年)、京都では、深刻な感染症が猛威を振るい、多くの死者が出る事態に。

当時、疫病の流行は政争に敗れて非業の死を遂げた者たちの怨霊や疫神の仕業と恐れられていましたが・・・

朝廷は、5月20日、6名の怨霊を慰めるための御霊会を神泉苑で行ないました。

神泉苑は天皇や貴族しか入ることのできない禁苑でしたが、この日は一般庶民も入ることができたそうです。


しかし、その後も疫病は収まらず全国的に流行します。

人々は牛頭天王(ごずてんのう)の祟りと噂したのだとか。

869年(貞観11年)6月14日、人々は神泉苑に当時の国の数である「66」の矛(ほこ)を立て、祇園社(八坂神社)の神輿3基を送って、牛頭天王(祇園神)を祀る御霊会を執り行いました(祗園御霊会)。

それが「祇園祭」の始まりと伝えられ、970年(安和3年)には官祭として行われるようになったのだそうです。



祇園祭

祇園御霊会



神泉苑

八坂神社


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鎌倉の祇園祭

大町まつり

八雲神社例大祭 極楽寺

八雲神社例大祭 北鎌倉山ノ内の天王祭

江の島天王祭

小動神社天王祭


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2026年6月10日水曜日

観音山あじさい路は七色極楽浄土2026/06/10~鎌倉長谷寺の紫陽花~



観音山あじさい路の上段は、七色極楽浄土の世界。

7~8割程度の開花状況です。





アナベルも色づいてきました。






下段も開花が進み見ごろを迎えています。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆



観音山あじさい路は、6月5日から有料となっています。

拝観券の他にあじさい券の購入が必要です。


あじさい券


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長谷寺のアジサイ


あじさい観音

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紫陽花の中で妖精が舞う!鎌倉オルゴール堂


長谷寺


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