別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2026年7月23日木曜日

祇園祭の「武者行列」(弓矢組・武者神役)



祇園祭「武者行列」(弓矢組・武者神役)は、神幸祭の「神輿渡御」を先頭する行列。

1974年(昭和49年)を最後に途絶えていましたが、2025年(令和7年)に復活!

2026年(令和8年)の神幸祭では6名の甲冑武者が巡行しました。



毎年、神幸祭前の7月15日・16日、弓矢町では「武具飾り」が行われ、町会所の弓箭閣や周辺の町屋には武者行列で着用される甲冑などが展示されます。




祇園祭武者行列


弓矢町武具飾り

祇園祭の神輿渡御


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祇園祭

八坂神社


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宝戒寺の子育経読地蔵尊~7月24日は地蔵まつり~




宝戒寺は、新田義貞鎌倉攻めによって滅ぼされた北条高時をはじめとする北条一族を弔うために建立された寺院。

本尊は地蔵菩薩坐像。

この像には不思議な伝説が2つ。


子育地蔵の伝説

宝戒寺門前で子どもが生まれそうになったとき、子どもをとりあげる世話をしてくれた見知らぬお坊さんがお地蔵さまの化身だった・・・


経読地蔵の伝説

毎晩夜中に本堂から聞こえる読経。

修行を怠った僧侶の代わりにお地蔵さまがお経を読んでいた・・・


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宝戒寺地蔵まつり

宝戒寺


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ぼんぼり祭

黒地蔵縁日

四万六千日


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2026年7月21日火曜日

鶴岡八幡宮ぼんぼり祭2026




2026年の鶴岡八幡宮のぼんぼり祭は8月6日から9日の4日間。

鎌倉にゆかりのある文化人や著名人による約400点のぼんぼりが仕立てられ、夕刻になると灯かりがともされ幻想的な光に包まれます。


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初日は立秋の前日。

夏越祭

源氏池のほとりで夏の邪気を祓う神事が行われた後、参道で茅の輪くぐりを行います。



二日目は立秋。

立秋祭

夏の間の無事を感謝する神事が行われ、神前には神域で育てられた鈴虫が供えられます。



最終日は三代将軍源実朝の誕生日。

実朝祭

白旗神社で実朝の遺徳を偲ぶ神事が行われ、神前には選ばれた俳句や短歌などが献上されます。





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ぼんぼり祭


夏越祭

立秋祭

実朝祭


鶴岡八幡宮


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2026年7月16日木曜日

八岐大蛇退治の伝説と山ノ内八雲神社天王祭~鎌倉の祇園祭~


鎌倉の祇園祭の一つ山ノ内八雲神社例大祭(天王祭)は、山崎八雲神社(北野神社)の神輿と合流する行合祭。

「出会いの儀神事」は、スサノオとクシナダのめぐり逢いの伝説を再現した情緒ある神事です。




姉の天照大神(あまてらすおおみかみ)の高天原(たかまがはら)で乱行を働いたスサノオは出雲に追放されます。

そこで出会ったのが老夫婦とその娘・稲田姫命(クシナダヒメ)。

老夫婦から、娘がヤマタノオロチに食われてしまうこと聞いたスサノオは、娘を嫁にもらう約束でヤマタノオロチを退治したのだといいます。



その際、スサノオが詠んだのが「八雲立つ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣造る その八重垣を」。

これが日本最初の和歌だと言われています。



山ノ内八雲神社例大祭と山崎八雲神社の行合祭は、この伝説を今に伝える神事。



「出会いの儀神事」では、山崎の女神輿が「身籠った女神」に見立てて腹帯が巻かれます。

腹帯を巻くことで、安産や子孫繁栄・五穀豊穣・地域の平穏を祈願するのだとか。


神幸祭(神輿渡御)は7月19日(日)

10:00に出御。

「出会いの儀神事」は14:20頃から。



八雲神社例大祭 北鎌倉の天王祭

山ノ内八雲神社


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夏だ!休みだ!鎌倉だ!



鶴岡八幡宮ぼんぼり祭

四万六千日 鎌倉朝詣り

黒地蔵縁日 鎌倉覚園寺の地蔵盆



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2026年7月15日水曜日

白旗まつり2026~のちの世もまた!源義経と弁慶の歴史ロマン~




「白旗まつり」は、源義経を祀る白旗神社の例大祭。

毎年7月15日から7月21日までの1週間にわたって開催されています。

最大のハイライトは、7月19日の神幸祭。

義経と弁慶の神輿が練り歩き、時を超えた主従の絆が現代に蘇ります。



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京の五条大橋で出会ったという義経と弁慶。

義経(牛若丸)にさんざんに打ち負かされ弁慶は、義経と主従の契りを結んだのだとか・・・




1189年(文治5年)閏4月30日、義経は平泉の衣川館で自刃。

義経の首は鎌倉へ送られ、腰越の浜で首実検が行われますが・・・

その首が流れ着いたのが白旗神社付近だったのだとか。




衣川館での戦いで義経を守る弁慶は、無数の矢を受けて立ったまま絶命したのだと伝えられています。

「六道の 道の巷に 待てよ君 遅れ先立つ 習いありとも」
(あの世のへの道の途中で待っていてください)

「のちの世も またのちの世も めぐりあはむ 染む紫の 雲の上まで」
(のちの世も巡り会おう)




白旗まつり


源義経と弁慶の像

義経首洗井戸

中尊寺弁慶堂

源義経



白旗神社


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