本覚寺の
夷神は、
源頼朝が御所の鬼門にあたる方向の鎮守として夷堂を建てたことに始まります。
後に、その夷堂で布教活動をしたのが
日蓮でした。
伝承によると・・・
1274年(文永11年)、
龍ノ口法難後、佐渡流罪となっていた日蓮が赦免されて鎌倉に戻りますが、松葉ヶ谷の草庵が焼かれてしまっていたため、草庵に代わる滞在場所を探していると・・・
見知らぬ一人の老人が現れて日蓮を夷堂に案内し、大きな松のところで姿を消したのだといいます。
驚いた人々は、老人が夷神の化身だと噂し、松の木は「鎮守御かくれの松」と呼ばれるようになったのだとか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆