1582年(天正10年)5月、織田信長は徳川家康を功を労うため、家康を安土城に招いて豪華な宴席を設けました(安土饗応)。
接待役は明智光秀。
光秀が用意した料理の中には、当時の最高食材だった「鯉」を使ったものもありました。
鯉のまなす(イメージ)
光秀が用意した鯉は、天下一のブランド「淀の鯉」(京都の淀川で獲れた鯉)だったようですが、腐っていたため信長が激怒。
信長に蹴られたり殴られたりした光秀は、そのことを恨み本能寺の変を起こしたという説がありますが・・・
このエピソードはのちに語られたもので、実際は何事もなく大成功に終わったのだとか。








































