源頼朝が創った武家政権の都「鎌倉」の歴史を中心に、関係地の伝説・文化や自然・寺社の花などの情報をお伝えします。
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別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
okadoのブログは、
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2026年8月7日金曜日
六道の辻の幽霊子育飴~京都のお盆~
幽霊子育飴
は、「あの世とこの世の境界」といわれる
「六道の辻」
にある「みなとや幽霊子育飴本舗」で売られている飴。
日本一古い歴史を持つといわれ、亡くなった母親の幽霊が、自分の子を育てるために、毎晩買いに来たという悲しくも温かい伝説が残されています。
京都のお盆は
六道珍皇寺
の
「六道まいり」
から始まりますが・・・
先祖の霊を迎えた人々が幽霊子育飴を買い求めるため、「みなとや幽霊子育飴本舗」に立ち寄るのが定番となっているのだとか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年8月4日火曜日
六道まいりと千日詣り~お精霊さんと一緒に千日の功徳 京都のお盆~
古くから京都では・・・
多くの人々が
六道珍皇寺
でお精霊さんを迎えた後(
六道まいり
)、
清水寺
の
千日詣り
に参って観音さまのご利益を祈る習わしを大切にしてきたのだとか。
一方で、お精霊さんをお迎えした後は寄り道をせず、まっすぐ家に帰るのが鉄則とも言われます。
これは、
六道珍皇寺
の
迎え鐘
で呼び寄せたご先祖さまは、高野槇の葉に宿るのだとされているためで、ご先祖さまを家にお迎えする前に寄り道をしてしまうと、ご先祖さまがここが到着地と勘違いして降りてしまう可能性があるから(迷子になってしまうため。)。
ただ、ご先祖さまへの孝行ととともに、現世を生きる自分への功徳(褒美)を得ることも重要なこと。
清水寺
の
千日詣り
の参拝は、寄り道ではなく、観音さまにご先祖さまを無事お迎えできた報告をして、一緒に千日分の功徳をいただくための行程。
ただし、千日詣りをした後の寄り道はいけません。
2026年8月2日日曜日
清水寺の千日詣り~京都の観音菩薩の大功徳日~
清水寺
の
「千日詣り」
は、1日で千日分お参りしたのと同じ功徳や御利益が得られる観音菩薩の特別な縁日。
毎年8月9日から16日。
本堂内々陣特別拝観が行われ、御前立本尊の手から伸びる結縁の綱を直接握ってお参りすることができます。
14日から16日は夜間拝観も。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
鎌倉の夏
2026年7月24日金曜日
祇園祭の神輿渡御
祇園祭
というと山鉾巡行を思い浮かべる方も多いかもしれませんが・・・
祇園祭は、869年(貞観11年)6月14日、当時の日本全国の国の数(66)にちなんだ長さ約6メートルの矛を66本立て、牛頭天王を祀る祇園社(現在の
八坂神社
)から
神泉苑
へ神輿を送り、災厄の除去を祈願したことに始まります。
山鉾巡行は「神が通る道を清めるための露払い」。
最も重要な神事は、
神輿渡御
(神幸祭・還幸祭)。
神幸祭は7月17日。
夕刻、素戔嗚尊の中御座神輿・櫛稲田姫命の東御座神輿・八柱御子神の西御座神輿の三基が
八坂神社
を出発。
四条御旅所まで渡御します。
還幸祭は7月24日。
御旅所で1週間を過ごした神が
八坂神社
へと還御します。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年7月23日木曜日
祇園祭の「武者行列」(弓矢組・武者神役)
祇園祭
の
「武者行列」
(弓矢組・武者神役)は、神幸祭の
「神輿渡御」
を先頭する行列。
1974年(昭和49年)を最後に途絶えていましたが、2025年(令和7年)に復活!
2026年(令和8年)の神幸祭では6名の甲冑武者が巡行しました。
毎年、神幸祭前の7月15日・16日、弓矢町では
「武具飾り」
が行われ、町会所の弓箭閣や周辺の町屋には武者行列で着用される甲冑などが展示されます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2026年7月3日金曜日
祇園祭の「はも道中」~八坂神社に淡路島の鱧が奉納される!~
京都の八坂神社の祭礼
「祇園祭」
は、「鱧祭り」とも呼ばれますが・・・
7月6日(月)は、
八坂神社
に淡路島の「活ハモ」が奉納される
「はも道中」
。
四条通をハモを入れた木桶や淡路人形浄瑠璃の人形、クイーン淡路らが練り歩きます。
その後、
八坂神社
の本殿でハモを奉納する神事が執り行われ、神事が終わると・・・
ハモの骨切実演や、限定200食の「ハモすき」の振る舞いも。
2026年6月30日火曜日
織田信長が関心をもった竹生島の「青葉の笛」~人間五十年・・・~
琵琶湖に浮かぶ
竹生島
には、
「青葉の笛」
と呼ばれる横笛が伝来していました。
源義経
所持と伝えられるもので、現在は彦根城博物館(滋賀県彦根市)に連管 銘義経丸」(れんかん めいよしつねまる)」として所蔵されています。
この笛に関心をもったのが織田信長。
信長といえば、幸若舞の『敦盛』。
『敦盛』は、
一ノ谷の戦い
で討たれた平家の若武者・平敦盛と、敦盛を討った源氏の武将・
熊谷直実
の悲劇を題材としたもの。
敦盛が所持していたのも「青葉の笛」でした。
「人間五十年・・・」
信長は
竹生島
の
宝厳寺
から「青葉の笛」を借り出しているのだとか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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