斎王は、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)。
嵯峨天皇(桓武天皇の第二皇子)が即位した翌年の810年(弘仁元年)、平城天皇(桓武天皇の第一皇子)が復位を試みて嵯峨天皇と対立(「薬子の変」)。
嵯峨天皇は、賀茂大神に「我が方に利あらば皇女を捧げる」と祈願し、争いに勝利した後、約束のとおりに第八皇女の有智子内親王(うちこないしんのう)を捧げます。
それが賀茂神社の斎王のはじまりで、1212年(建暦2年)に後鳥羽天皇の皇女・第35代礼子内親王(いやこないしんのう)が退下するまでの約400年間続きました。
村上天皇の第十皇女・選子内親王は、歴代最長の期間を斎王であり続け、大斎院と称されています。
斎王が奉仕していた時代の賀茂祭(葵祭)は、斎王が主宰していたのだといいます。
現在の葵祭では、一般市民から選ばれた斎王代が祭に参加しています(1956年(昭和31年)から)。
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葵祭は上賀茂神社と下鴨神社の祭礼。
上賀茂神社は、賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)を祭神とする社。
下鴨神社は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)を祭神とする社。
神話によると、玉依媛命(たまよりひめのみこと)が賀茂川(加茂川)の川上から流れてきた丹塗矢を持ち帰ったところ懐妊し、誕生したのが賀茂別雷命なのだとか。
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