第八話では、千葉常胤・上総広常をはじめとする大軍勢で鎌倉入りを果たした源頼朝。
先陣は畠山重忠。
義時は甲斐の武田信義を味方につけました。
全成・義経も鎌倉に。
政子・実衣(阿波局)・りく(牧の方)も。
梶原景時も味方になりそうです。
畠山重忠・和田義盛が伊東館へ向かったようですが、八重姫はどうなる・・・
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頼朝は亀ヶ谷坂から鎌倉に入ったと考えられているようです。
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鶴岡八幡宮は、1063年(康平6年)に源頼義が由比郷に京都の石清水八幡宮を勧請して創建したことに始まります(由比若宮)。
鎌倉に入った頼朝は、10月12日、由比若宮を小林郷北山(現在地)に遷座し、武家の都の中心に据えます。
大倉幕府跡
(大倉御所跡)
(大倉御所跡)
御所の造営は、10月9日から大庭景義を奉行として始められ、12月12日に完成しました。
新造の御所に入った頼朝は、御家人311人から「鎌倉の主」に推戴されます。
鎌倉殿の誕生です。
この少し前の11月17日、和田義盛が侍所の別当に任じられています。
壽福寺は、頼朝の父義朝の旧跡に建てられた寺。
頼朝は当初、ここに御所を造営するつもりでいましたが、岡崎義実によって義朝の菩提を弔うための堂宇が建てられていたことや、土地が狭かったことなどから大倉の地を選んだのだといわれています。
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