天王祭は、腰越の小動神社と江の島の八坂神社で同時に開催される祇園信仰の祭礼。
祇園信仰の祭礼のもとは、京都八坂神社の祭礼「祇園祭」。
かつての小動神社の天王祭は、「西の祇園の花車、東は腰越の人形山車」といわれたほど壮麗な山車で知られた祭だったそうです。
しかし、1962年(昭和37年)の火災で下町を除く4基の山車が焼失してしまいました。
ただ、人形だけは難を逃れたのだそうです。
※残念ながら、2021年の天王祭は中止となりました。
八幡太郎とは・・・
※残念ながら、2021年の天王祭は中止となりました。
八幡太郎義家と鎌倉権五郎景政
八幡太郎とは・・・
「武神」と崇められた源義家のこと。
京都の石清水八幡宮で元服したことから「八幡太郎」と呼ばれました。
鎌倉権五郎景政は、大庭御厨を開拓して伊勢神宮に寄進した開発領主。
後三年の役では義家に従って奥州へ出陣し、活躍した武将。
御霊神社の祭神です。
源頼朝は鎌倉に武家の都を創始した武将。
御所五郎丸は頼朝の近習で、曽我兄弟の仇討ちの際に、頼朝の寝所に近づいた曽我五郎時致を捕えたことで知られています。
天王祭が行われる腰越は源義経と弁慶ゆかりの地。
兄頼朝に鎌倉に入ることを許されなかった義経と弁慶は、腰越の満福寺に逗留していたのだと伝えられています。
神功皇后(じんぐうこうごう)は三韓征伐で知られています。
武内宿禰(たけうちのすくね)は神功皇后を支えた忠臣。
応神天皇は神功皇后の子。
鶴岡八幡宮の祭神です。
須佐之男命(すさのおのみこと)は小動神社の祭神。
祇園精舎の守護神・牛頭天王(ごずてんのう)と習合した神です。
天王祭の「天王」は、牛頭天王のこと。
京都の石清水八幡宮で元服したことから「八幡太郎」と呼ばれました。
鎌倉権五郎景政は、大庭御厨を開拓して伊勢神宮に寄進した開発領主。
後三年の役では義家に従って奥州へ出陣し、活躍した武将。
御霊神社の祭神です。
源頼朝と御所五郎丸
源頼朝は鎌倉に武家の都を創始した武将。
御所五郎丸は頼朝の近習で、曽我兄弟の仇討ちの際に、頼朝の寝所に近づいた曽我五郎時致を捕えたことで知られています。
源義経と弁慶
天王祭が行われる腰越は源義経と弁慶ゆかりの地。
兄頼朝に鎌倉に入ることを許されなかった義経と弁慶は、腰越の満福寺に逗留していたのだと伝えられています。
神功皇后と武内宿禰、
応神天皇
応神天皇
神功皇后(じんぐうこうごう)は三韓征伐で知られています。
武内宿禰(たけうちのすくね)は神功皇后を支えた忠臣。
応神天皇は神功皇后の子。
鶴岡八幡宮の祭神です。
須佐之男命
須佐之男命(すさのおのみこと)は小動神社の祭神。
祇園精舎の守護神・牛頭天王(ごずてんのう)と習合した神です。
天王祭の「天王」は、牛頭天王のこと。
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