京都嵯峨の清涼寺の本尊は、東大寺の奝然(ちょうねん)が中国の宋より持ち帰った像で「三国伝来の釈迦如来」と呼ばれています。
奝然は宋に渡り、台州の開元寺でインドから伝えられた釈迦如来像に出会いました。
この釈迦如来像は、生前の釈迦の姿を彫ったもので、奝然はその像を模刻させて日本に持ち帰りました。
愛宕山麓に安置しようとしたそうですが、それを実現する前に亡くなりました。
その間、釈迦如来像は上品蓮台寺に安置され、奝然弟子盛算(じょうさん)が清涼寺を建立して移したのだといいます。
それが清涼寺に伝わる「三国伝来の釈迦如来」です。
釈迦如来像の像内からは、絹で作られた五臓六腑も発見されています。
この「三国伝来の釈迦如来」は、鎌倉時代に「清涼寺式釈迦如来」として多くの像が模刻されました。
鎌倉極楽寺の本尊や、横浜称名寺の釈迦堂の本尊も清涼式釈迦如来です。
北条義時の釈迦堂に安置されたのも清涼寺式釈迦如来だったといわれ、その像は杉本寺を経て、現在、東京目黒の大円寺に安置されている像だといわれています。
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鎌倉との繋がりを求めて!