別冊『鎌倉手帳』

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2018年8月12日日曜日

源頼朝と鶴岡八幡宮の放生会

源頼朝鶴岡八幡宮で最初に放生会を催したのは1187年(文治3年)8月15日。

これが鶴岡八幡宮例大祭の始まりとされています。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

『吾妻鏡』によると・・・

源頼朝は、放生会に先立って、8月1日から15日までの間、殺生を禁止することを関東の荘園などに命ずるとともに、鎌倉の海、浜、川、溝などでもこれを守らせるよう命を出しています。

8月9日には、流鏑馬馬場が造られ埒(らち)が結ばれました。


 流鏑馬馬場

馬場に設けられた柵は「埒」(らち)と呼ばれ、的側が「男埒」(おらち)、反対側が「女埒」(めらち)で、男埒の方が高く設置されます。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

そして、8月15日。

放生会が催され、源範頼、平賀義信、加賀美遠光、安田義定、源廣綱、小山朝政、千葉常胤、三浦義澄、八田知家、足立遠元などが頼朝の供をしています。

放生会後の流鏑馬では、射手五騎の全てが的中させました。

一番 長江太郎義景
鎌倉権五郎景政の子孫)

二番 伊沢五郎信光 
(武田信光・弓馬四天王の一人)

三番 下河辺庄司行平
(藤原秀郷の子孫・小山氏の一族)

四番 小山千法師丸
(?????)

五番 三浦平六義村 
(三浦義澄の嫡男)


小笠原流・流鏑馬

流鏑馬は、直線140間(約250m)の流鏑馬馬場に的を3個並べて騎乗して的を射る競技。


📎熊谷直実の逸話

📎諏訪盛澄の逸話






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 鶴岡八幡宮例大祭

 鶴岡八幡宮神幸祭

 流鏑馬

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