圓應寺の初江王坐像は、鎌倉を代表する仏像の一つです。
胎内の銘文によって、1251年(建長3年)に幸有が造立したことが判明しています。
幸有についての詳細は不明のようですが、肥後定慶の弟子筋という見方が有力となっているようです。
肥後定慶は、運慶の次男・康運の弟子といわれていますが、実は康運が改名して定慶を名乗ったのだという説もあります(定慶=康慶)。
いずれにしても、初江王坐像は慶派の仏師の作という事になります。
※初江王坐像は鎌倉国宝館に寄託されています。
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浄土信仰に基づく情景を表した寺院群
圓應寺(閻魔堂)は、1250年(建長2年)、長谷周辺(見越嶽)に創建されたと伝えられ、鎌倉西端の境界守護のため建立されたという説があります。
長谷には、長谷寺と鎌倉大仏があります。
参考までに、
長谷寺は梵鐘の銘文から1264年(文永元年)の創建という説があります。
鎌倉大仏は1252年(建長4年)に鋳造が開始されました(最初の大仏は1243年(寛元元年)に完成)。
同時期に建てられた3つの寺院、「地獄の閻魔堂」、「救済の長谷観音」、「西方極楽浄土へ導いてくれる鎌倉大仏」は、浄土信仰に基づく情景を表したものだったとも考えられているようです。
※初江王は、死後のすべての衆生を裁く十人の裁判官のうちの一人。
📎地獄の閻魔(円応寺)・救済の観音(長谷寺)・極楽浄土の阿弥陀(鎌倉大仏)
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