別冊『鎌倉手帳』

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2015年7月6日月曜日

世界遺産登録:韮山反射炉(明治日本の産業革命遺産)



「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録されました。

その構成資産の中に伊豆の国市の韮山反射炉があります。

韮山反射炉は、幕末に建造された大砲鋳造施設。

ここで造られた大砲が品川沖の台場に設置されました。

日本には2基の反射炉が現存しているようですが、実際に大砲を鋳造した実用炉としては唯一のものなのだそうです。


江川英龍像
(韮山反射炉)


反射炉の設置を幕府に訴えたのは韮山代官だった江川英龍。

そして、英龍の子英敏が1857年(安政4年)に完成させました。


江川氏は、源頼親の子孫で大和国に土着した宇野氏を始まりとしているようです。

1156年(保元元年)、保元の乱に敗れた宇野家6代当主の親信は、従者13人とともに伊豆国へと逃れます。

その後、「宇野」から「江川」を名乗るようになったのだといわれています。


 伊豆の国市江川邸


1180年(治承4年)、伊豆国に配流の身だった源頼朝が源氏再興の挙兵をすると、親信の子はそれに参じたと伝えられています。


(源頼朝配流地)


1261年(弘長元年)、日蓮が伊豆に流されてくると、16代英親は日蓮を自邸に迎えて信者となります。

菩提寺の本立寺は、日蓮が教化を行ったところとされています。




1493年(明応2年)、北条早雲が伊豆に討入り韮山城を奪取したときには、23代英住は早雲に付き、以後、北条氏に仕えました。




江戸時代には、28代英長が徳川家康に仕え、韮山代官となり、以後、代官の地位を世襲しています。





韮山反射炉とともに近くにある歴史遺産を巡ると、さらに面白い伊豆の旅が味わえると思います。

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