韮山・原木に成願寺という寺がある。
この寺は頼朝が名もない餅売りの嫗(おうな)の望みをかなえて、創建されたものである。
その昔、源頼朝は蛭ヶ小島に流されている若いとらわれの身であった。
頼朝はときどき茶店によってひと休みし、草餅を食べるのだった。
嫗はどういうわけか、孫のような頼朝のきしょうが気にいり、よくかわいがった。
頼朝もまた、嫗の手づくりの草餅をたべながら語り合っていると、肉親のような安らぎをかんじ、気やすくなるのだった。
いつしか、よい草餅ができたときなど、わざわざ蛭ヶ小島の館にまででむいて、頼朝の心をなぐさめるようになった。
「ご武家さまは、いまにきっと立派なおかたになりますじゃ、わたしにはそのようにみえまする」
頼朝は嫗のことばを、にこにこ笑いながらも、いちいちかみしめて聞いているのだった。
嫗はどういうわけか、孫のような頼朝のきしょうが気にいり、よくかわいがった。
頼朝もまた、嫗の手づくりの草餅をたべながら語り合っていると、肉親のような安らぎをかんじ、気やすくなるのだった。
いつしか、よい草餅ができたときなど、わざわざ蛭ヶ小島の館にまででむいて、頼朝の心をなぐさめるようになった。
「ご武家さまは、いまにきっと立派なおかたになりますじゃ、わたしにはそのようにみえまする」
頼朝は嫗のことばを、にこにこ笑いながらも、いちいちかみしめて聞いているのだった。
そして、この嫗の目をうらぎってはならないと思うのだった。
「いやいや、なれぬかもしれん、なるかもしれん、夢のようなはなしじゃが、もしなれたらたんとお礼をせねばならんな」
と、じょうだんをいいながら、おいしそうに草餅をほうばるのだった。
時は水の流れのように移っていった。やがて、世は源氏のものとなり、頼朝は苦難の末に鎌倉に幕府を開くことができた。
嫗は、頼朝の出世をわがことのようによろこんだ。
「いやいや、なれぬかもしれん、なるかもしれん、夢のようなはなしじゃが、もしなれたらたんとお礼をせねばならんな」
と、じょうだんをいいながら、おいしそうに草餅をほうばるのだった。
時は水の流れのように移っていった。やがて、世は源氏のものとなり、頼朝は苦難の末に鎌倉に幕府を開くことができた。
嫗は、頼朝の出世をわがことのようによろこんだ。
(わしの目にくるいはなかった)とおもいながら、若い日の頼朝の気しょうの張った姿をおもいおこしながら、
「よかった、よかった、さぞりっぱな大将軍さまにおなりなさったろう」
とひとりつぶやくのだった。
嫗はもう死んでもよいと思ったが、せめてこの世の見納めに、一度だけでも頼朝に会っておきたかった。
「よかった、よかった、さぞりっぱな大将軍さまにおなりなさったろう」
とひとりつぶやくのだった。
嫗はもう死んでもよいと思ったが、せめてこの世の見納めに、一度だけでも頼朝に会っておきたかった。
でも、その気持ちをとどけられないのがかなしかった。
さとくさかしいおかただから、忘れるようなことはないと思いながらも、あてのない日々をむなしく待つのがつらく、ようやくほそぼそと餅売りを続けていた。
そんなある日、数人のいかめしい鎌倉武士が、原木の嫗の店先に馬でのりつけた。
さとくさかしいおかただから、忘れるようなことはないと思いながらも、あてのない日々をむなしく待つのがつらく、ようやくほそぼそと餅売りを続けていた。
そんなある日、数人のいかめしい鎌倉武士が、原木の嫗の店先に馬でのりつけた。
嫗はなにごとかと、うろたえていると、武士たちはていちょうに、
「わしどもは鎌倉将軍のじきじきの使者として参った。
「わしどもは鎌倉将軍のじきじきの使者として参った。
そちは、餅売りの嫗であろうな、将軍さまがたってのお召しじゃ、はやくしたくをしてくだされ」
というのだった。
というのだった。
店先にはちゃんと立派な駕籠が用意されていた。
嫗は心まちにしていた夢がかなえられるよろこびに、胸をおどらせて駕籠の人となり、鎌倉にでむいた。
飛ぶ鳥を落とすようないきおいと、ほしいままに権力をふるう鎌倉将軍の前にでた嫗は、おそれをなして顔を上げることもできず、ひれ伏していた。
「嫗よ、たっしゃであったか、よく生きていてくれたのう。
嫗は心まちにしていた夢がかなえられるよろこびに、胸をおどらせて駕籠の人となり、鎌倉にでむいた。
飛ぶ鳥を落とすようないきおいと、ほしいままに権力をふるう鎌倉将軍の前にでた嫗は、おそれをなして顔を上げることもできず、ひれ伏していた。
「嫗よ、たっしゃであったか、よく生きていてくれたのう。
わしは今日の日を、どれほどまちのぞんでいたことか・・・・・
それにしてもよく来てくれた、あの日の約束じゃ、なんなりともとらせてやりたい。
のぞむものを早く申すがよい・・・・・」
頼朝の声は明るく、そしてたしかなひびきをもっていた。
頼朝の声は明るく、そしてたしかなひびきをもっていた。
よろこびとなつかしさに嫗は涙で両ほほをぬらすのだった。
ようやくして、顔をあげた嫗の涙のかすむ目に、少年の日の頼朝の姿と、今をときめく将軍の姿が、二重映しとなってぼんやりとみえるのだった。
「わたしになんの望みがございましょう、お声をかけていただいただけで、じゅうぶんです。
ようやくして、顔をあげた嫗の涙のかすむ目に、少年の日の頼朝の姿と、今をときめく将軍の姿が、二重映しとなってぼんやりとみえるのだった。
「わたしになんの望みがございましょう、お声をかけていただいただけで、じゅうぶんです。
その上、将軍さまのりっぱにおなりになったお姿に接することができ、これだけで本望でございます」
「いやいや、なんなりと申せ、わしも約束だけは果たしておきたいのじゃ」
「もったいないことでございます・・・・・、
「いやいや、なんなりと申せ、わしも約束だけは果たしておきたいのじゃ」
「もったいないことでございます・・・・・、
でも、たってもとのおことばでしたら、お寺を建てていただきたくぞんじます」
嫗には、地位も、栄華も、金銀や財宝も無用のものであった。
嫗には、地位も、栄華も、金銀や財宝も無用のものであった。
この上はせめて、自分がこの世から安心して往生できるささやかな、寺がほしかった。
将軍は、欲のない嫗のねがいを、しずかにきいていたが、深くうなずくのだった。
嫗のねがいは、やがて頼朝によってかなえられ、原木の地に成願寺が建てられた。
将軍は、欲のない嫗のねがいを、しずかにきいていたが、深くうなずくのだった。
嫗のねがいは、やがて頼朝によってかなえられ、原木の地に成願寺が建てられた。
そして、嫗をかたどった木彫の像まで寺におさめられたのだった。
「豆州志稿」「伊豆の伝説」
「豆州志稿」「伊豆の伝説」
https://www.yoritomo-japan.com/nirayama-jyoganji.htm
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