別冊『鎌倉手帳』

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2011年4月18日月曜日

禅~自身で開く悟り:鎌倉新仏教~

禅は、仏教の開祖釈迦から数えて28代目にあたる達磨大師がインドから中国に伝えたといわれています。

日本で禅が広まったのは鎌倉時代です。


 壽福寺


我が国に禅の種をまいたのは臨済宗開祖の明庵栄西です。

栄西は比叡山延暦寺で天台宗を学んだ後、宋に渡り臨済禅を修めますが、京都で迫害を受け、1199年(正治元年)に鎌倉へ下向します。

しかし、鎌倉でも天台宗や真言宗が信仰されている時代でしたので、天台宗の僧として信仰されていました。

1200年(正治2年)、北条政子が創建したという壽福寺は栄西を開山に迎えますが、天台・真言・禅の三宗兼学の寺院でした。


 建仁寺

1202年(建仁2年)、二代将軍源頼家が建てたという京都の建仁寺も同じく三宗兼学でした。


 道元御行化顕彰碑

我が国曹洞宗の開祖道元は、栄西の弟子明全に師事し、明全とともに宋に渡って曹洞禅を修めました。

1248年(宝治2年)に五代執権北条時頼に招かれて寺院建立を要請されますが、権力者に媚びることを嫌った道元は、それを断って越前永平寺に帰ったといいます。


 建長寺山門

鎌倉時代も中頃になると、これまでの旧仏教から離れ、新しい文化を生み出そうとする気運が高まってきます。

そして、中国では宋が衰え元が勢いを増す中、宋から日本に渡ってくる禅僧が多くなってきました。

建長寺開山の蘭渓道隆もその一人で、坐禅によって悟りを開くという教えが武士の気風に合い、禅信仰(臨済宗)が盛んになります。

鎌倉武士の間に広まった禅宗は、京都の貴族の間でも広まり、文学、美術などの禅文化を生み出しました。




大空に浮かぶ雲や流れる水のように。

「行雲流水」・・・

深く物事を執着せずとらわれることのない心。

諸国を修行してまわる禅僧をたとえる言葉としても用いられています。


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