別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2021年3月8日月曜日

私は源義経の妾です!口説くなどもってのほか!~静御前の逸話~


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「いらすとや」より


1186年(文治2年)5月14日、工藤祐経・梶原景茂・千葉常秀・八田知重・藤原邦道は、静御前の宿舎に行って宴会を催しました。

静御前の母の磯禅師が芸を見せてくれたのだといいます。

ところが、飲みすぎた梶原景茂が静御前を口説くという不始末を起こします。

静御前は涙を流しながら・・・

「義経様は頼朝様のご兄弟。

私はその妾です。

御家人の身分で普通の男女ように思っているのでしょうか?

義経様が浪人の身になっていなければ、貴方のような者と対面することもなかったはず。

ましてや言い寄るなんてもってのほか!」

と抗議したのだといいます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

静御前は京の白拍子。

源義経に気に入られて妾となりました。

しかし、義経は頼朝と不仲となり逃亡生活を送ることとなります。

吉野山で義経と別れた静御前は、蔵王堂で捕えられ、1186年(文治2年) 3月1日、母の磯禅師とともに鎌倉へ送られてきました。

4月8日には頼朝のから所望されて鶴岡八幡宮で舞を披露しました。

その舞には北条政子も感動したのだといいます。

閏7月には男子を出産しましたが、頼朝に殺され、9月16日、傷心のまま鎌倉を離れたのだと伝えられています。



静の舞
2021年は動画配信


北条政子を感動させた静の舞

母と子の悲しい運命


源義経

吉野山







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開催の正式発表はありませんが・・・
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