別冊『鎌倉手帳』

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2017年10月12日木曜日

鶴岡八幡宮が遷宮された日

 伊豆山神社

『吾妻鏡』によれば、1180年(治承4年)10月11日、走湯山(伊豆山)の專光坊良暹が鎌倉にやってきました。


 鶴岡八幡宮

翌12日の寅の刻(午前4時頃)、源頼朝鶴岡宮を小林郷の北山に遷しました。

暫くの間の別当職には專光坊良暹が付き、大庭景義が事務担当者に任じられています。


 由比若宮

鶴岡宮は1063年(康平6年)8月に源頼義石清水八幡宮を勧請して由比郷に創建された社。

1081年(永保元年)2月には源義家が修理をしています。

そして、その子孫の頼朝が小林郷に遷座して祀りました。

『北条九代記』によれば、

元の場所から新たな場所へ移すことに神がどのように思われるか心配だった頼朝は、自らが神の前でおみくじを引くと「小林郷へ移るべき」という占いが三度も出たのだといいます。

『吾妻鏡』にもおみくじによって場所の選定がされたことが記されています。


~伊豆山神社と源頼朝~

『吾妻鏡』によれば・・・

1175年(安元元年)、伊東祐親に殺されそうになった源頼朝は走湯権現(現在の伊豆山神社)に逃げ込んでいます(養和2年2月15日条)。

この記事から、頼朝と伊豆山神社とは、伊豆に配流の身だった頃からの関係だったことがわかります。


 伊豆山神社


伊豆山神社は、交通の要衝にありました。

そして多くの僧兵を抱えていました。

石橋山で敗れた頼朝を匿った箱根権現(現在の箱根神社)や、流人の頼朝が源氏再興を祈願したという三嶋社(現在の三嶋大社)も同じです。

1188年(文治4年)、頼朝は鎌倉幕府の公式行事としての二所詣を始めています。

二所詣は、伊豆山・箱根山と三島社を参詣するもの。

その理由には、これらが宗教的権威をもった施設であるとともに、要衝地にある軍事施設でもあったということがあるのかもしれません。

鶴岡八幡宮の遷宮に際しても、走湯山(伊豆山)の專光坊良暹が招かれたというのは、そういった関係があったからということなのでしょうか。


 鶴岡八幡宮


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