別冊『鎌倉手帳』

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2014年11月20日木曜日

高倉健さんと鎌倉宝戒寺



宝戒寺は、鎌倉幕府の滅亡後、北条一族の菩提を弔うために建てられた天台宗の寺院。

後醍醐天皇の命により足利尊氏が創建しました。


11月10日に亡くなられた俳優の高倉健さんは、北条一族の苅田式部大夫篤時という武将を先祖としているそうです。




東勝寺跡に残されている腹切りやぐらは、北条高時の首が葬られたと伝えられているやぐらです。

このやぐらの中には多数の塔婆が置かれています。

その中には高倉健さんが先祖供養のために立てた塔婆もありました。


1333年(元弘3年)5月22日、新田義貞の鎌倉攻めによって、北条高時とその一族など総勢870余人が東勝寺で自刃します。

『太平記』によると、その中に苅田式部大夫篤時という名があるようです。


(北条高時像を安置する堂)


苅田式部大夫篤時は、「名越流の北条篤時である」とか、「極楽寺流から派生した苅田流である」などという情報があるようです。

その辺の詳しいことはわかりませんが、鎌倉幕府滅亡時に、北条高時とともに自刃した苅田式部大夫篤時の子孫が北九州に住みつき、福岡県出身の高倉健さんに繋がっているという事なのかと思います。

いずれにしても高倉健さんは北条氏の末裔だということを知り、その菩提寺である宝戒寺に供物をかかさなかったようです。

彼岸や盆の時期に宝戒寺に行くと、必ず高倉健さんの名を目にしました。

やはり、日本中の多くの者が憧れたスターというのは、生き方が素晴らしい。

武士道とは、こういう事なのではないでしょうか。


高倉健さんのご冥福をお祈り申し上げます。


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