別冊『鎌倉手帳』




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2011年9月21日水曜日

無学祖元(仏光国師)・・・円覚寺の開山忌

1278年(弘安元年)7月24日、八代執権北条時宗が師としていた建長寺蘭渓道隆が亡くなります。

時宗は新たな師を求め、蘭渓道隆の弟子の無及徳詮と傑翁宗英を宋へ派遣します。そして、迎えられたのが無学祖元です。


木造仏光国師(無学祖元)坐像
(国の重用文化財)

1279年(弘安2年)8月20日、来日した無学祖元は、建長寺の第五世住持となります。

時宗の新たな師として鎌倉幕府御家人からも信仰を受け、特に蒙古の襲来に際しては、時宗の政策に大きな影響を与えたといいます。

(参考:莫煩悩~元寇と北条時宗と無学祖元~



1282年(弘安5年)、北条時宗は、元寇の戦没者を弔うため、師の無学祖元を開山として円覚寺を建立します。

それから2年後の1284年(弘安7年)4月4日、北条時宗が亡くなります。

無学祖元は、時宗死後も鎌倉にあって、1286年(弘安9年)9月3日、建長寺で示寂し、建長寺に葬られました。

諡号(しごう)は、仏光国師。


円覚寺開山塔正続院
https://www.yoritomo-japan.com/tera-emgakutatyyu-shozokuin.htm

無学祖元の死後、建長寺には「正続庵」が創設されますが、1335年(建武2年)、後醍醐天皇の勅命で、夢窓疎石円覚寺舎利殿を塔所としています。

(参考:建長寺塔頭正統院


~開山忌~


円覚寺開山忌は、10月3日に行われます。

山門

国宝の洪鐘が撞かれます。

まず、正続院で法会があります。

正続院での法会が終わると・・・
館長をはじめとする僧侶が仏殿へ向かいます。





4年に一度の閏年には、開山無学祖元像が輿に乗せられ境内を巡堂するそうです。
(来年は閏年ですので、来年の開山忌は盛大に行われるのでしょう。)


そして、仏殿で法要が行われます。

園児たちによる歌と踊りの奉納もあります。


法要が終わると、方丈で精進料理による会食が行われます。

古式礼法にそった食事で、中央に無学祖元の画像を掲げて、「四つ頭」の作法によって厳粛に行われます。

料理は「九椀斎」と呼ばれる禅林の最高の精進料理ということです。



円覚寺開山忌
https://www.yoritomo-japan.com/gyoji-maturi/kaisanki-engakuji.htm
円覚寺
https://www.yoritomo-japan.com/page138engakuji.htm
鎌倉手帳
https://www.yoritomo-japan.com/kamakura.html


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