別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2011年10月24日月曜日

初めての論功行賞と投降者の処分~富士川の戦い~




富士川の戦い後の1180年(治承4年)10月23日、源頼朝は、相模国府で挙兵から初めての論功行賞を行いました。


北条時政武田信義、安田義定、千葉常胤三浦義澄上総広常和田義盛土肥実平安達盛長、土屋宗遠、岡崎義実、工藤親光、佐々木定綱佐々木経高佐々木盛綱佐々木高綱、工藤景光、天野遠景大庭景義、宇佐美祐茂、市川行房、加藤景員、宇佐美実政、大見家秀、飯田家義以下の者にこれまでの領地を安堵し、あるいは新しい領地を与えたりしています。

また、三浦義澄を「三浦介」に任命し、下河辺行平を「下河辺庄司」に任命します。



そして・・・投降してきた者は・・・

大庭景親上総広常に、

長尾為宗は岡崎義実に、

長尾定景三浦義澄に預けられています。

また、

河村義秀は河村郷を取り上げられ、身柄は大庭景義に、

山内経俊は山内庄を取り上げられ、身柄は土肥実平に預けられました。


その後・・・

大庭景親は片瀬で斬首。
(参考:明暗が分かれた大庭兄弟(景義と景親)

岡崎義実に処分を任されていた長尾定景は、義実の申し出により許されています。
(参考:法華経を読み続けた長尾定景

河村義秀は、斬首を命じられますが、のちに流鏑馬で妙技を披露し許されています。
(参考:流鏑馬と河村秀義の逸話

山内経俊は、母の哀訴によって助けられました。
(参考:母の哀訴に命を救われた山内首藤経俊


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