別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2021年11月17日水曜日

吉野山~源義経と別れた静御前~


吉野山


『義経記』によると・・・


1185年(文治元年)、源頼朝の追手から逃れるため吉野山に籠った源義経

寵愛していた静御前も連れていましたが・・・

武蔵坊弁慶と片岡常春の意見を取り入れて都に帰すこととします。

嘆き悲しむ静御前に義経は手鏡を与えて

「これは私が毎日顔を写していた鏡。義経を見ると思ってこの鏡を見よ」

といって慰めますが、静は・・・

見るとても
嬉しくもなし増鏡
恋しき人の
影を止めねば

と詠みます。

義経は枕を取り出だして「この枕を身から離さず大切にせよ」と言ってこう詠みました。

急げども
行きもやられず
草枕 静に馴れし
心慣らひに


この他、多くの財宝をもらった静御前。

峰を上って行く義経とは逆に、静は谷を下って行きました。

静には二人の侍と三人の雑色が伴をしていました。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

『吾妻鏡』文治元年11月17日条によると・・・

義経吉野山に潜伏しているという噂が流れたことから、蔵王堂の衆僧の長は、武勇に優れた僧たちに命じて、吉野山の山林を探させましたが、義経一行を見つけることはできませんでした。

しかし、夜になって義経の妾静御前が藤尾坂から蔵王堂に下りてきました。

静が衆僧に語った事によると・・・

義経とともに大物浦から吉野山へ来て5日間逗留していたが、僧兵が立ち上がったという噂が流れたので、義経は静に多くの金銀財宝を与えて京都へ帰す手立てをし、山伏の姿に変装して峰の奥へ姿を消したのだといいます。

その後、静は雑色らに財宝を奪われ、山深い峯の雪の中へ置き去りにされてしまったのだとか。



金峯山寺


吉水神社

勝手神社

横川覚範首塚

花矢倉

吉野水分神社

義経隠れ塔



吉野山


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☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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