別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2020年5月28日木曜日

源頼朝の富士巻狩りと曽我兄弟の仇討ちをめぐる!~富士宮市~


井出家の高麗門と長屋

井出氏は中世に駿河国富士郡井出郷を支配していた土豪。

1193年(建久4年)5月15日、巻狩りを催すため富士裾野に到着した源頼朝は、井出館を宿営の場所にしたのだと伝えられています。


 狩宿の下馬桜

井出家の前の桜は、源頼朝が馬を繋いだというシロヤマザクラ。

駒止めの桜とも呼ばれています。


 白糸の滝

白糸の滝は世界文化遺産「富士山」の構成資産。

この滝を見た頼朝は・・・

「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」

と詠んだとのだとか。


 おびん水

白糸の滝の上のあるお鬢水は、源頼朝が鏡のような美しい水面に顔を映して鬢のほつれを直したという清水。

 おびん水

江戸時代には富士講の霊場となりました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

源頼朝が催した富士裾野の巻狩りでは、曽我兄弟の仇討ち事件が発生しました。


 音止の滝

白糸の滝の隣にあるのが音止の滝

曽我兄弟の伝説が残された名瀑。


 曽我の隠れ岩

曽我兄弟が討ち入りの相談をしたという場所。

 曽我の隠れ岩

この岩の東には工藤祐経の墓があります。


 工藤祐経の墓

曽我兄弟に討たれた工藤祐経の墓と伝えられています。

 工藤祐経の墓

ここは、富士裾野の巻狩りで工藤祐経の陣所があったという所。


 曽我兄弟の墓

工藤祐経の陣所に討ち入り、見事に父の仇を討った曽我兄弟でしたが・・・

 曽我兄弟の墓

兄の十郎祐成は仁田忠常に討たれ、弟の五郎時致は捕えられて処刑されます。

曽我兄弟の墓がある地は十郎祐成が討たれた所と伝えられています。


 曽我八幡宮

曽我八幡宮は、1197年(建久8年)、源頼朝が畠山重忠を遣わして創建させたという社。

 曽我八幡宮







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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