別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2021年9月17日金曜日

吾妻鏡が伝える奥州平泉の毛越寺




毛越寺は、慈覚大師円仁が開き、奥州藤原氏二代の基衡、三代の秀衡の時代に伽藍が整えられました。

「平泉~仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群~」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。





毛越寺本堂

毛越寺開山堂


『吾妻鏡』は毛越寺について以下のように伝えています。


堂塔は40余、禅坊は500余。

基衡が、これを建立した。

金堂は円隆寺といい、金銀を沢山用いて、紫檀や赤木などを使用し、多くの宝物で彩られ、雲慶作の丈六薬師如来像と十二神将像が安置されている。

玉眼入りの仏像としては最初の例。




講堂、常行堂、二階惣門、鐘楼、経蔵などもある。



(二階惣門)









吉祥堂の本尊は、洛陽の補陀洛寺の本尊(観音)を模したもの。

生身の観音で厳重な霊像で、丈六の観音像を造って、胎内に納めた。


千手堂には、金銀をちりばめた木像二十八部衆が安置。


嘉勝寺は、基衡が完成を見ずに入滅したので、秀衡が完成させた。

本尊は丈六の薬師如来で、四方の壁と三面の扉には法華経第28巻の内容が彩りよく描かれている。












芭蕉句碑




☆ ☆ ☆ ☆ ☆



奥州平泉


松尾芭蕉のおくのほそ道







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

源義経

藤原秀衡

源義経最期の地

源平合戦

歴史めぐり源頼朝
☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人


二代執権北条義時


宿老13人の合議制


よりともジャパン.com


2021年9月16日木曜日

吾妻鏡が伝える奥州平泉の中尊寺




中尊寺は、慈覚大師円仁が開いたと伝えられ、奥州藤原氏初代の清衡が堂塔を整えました。

「平泉~仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群~」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。





八幡堂

 弁慶堂


『吾妻鏡』は中尊寺について以下のように伝えています。

堂塔は40余、禅坊は300余。

清衡が奥六郡の管理を初めて最初に建てられた寺で、白川の関(福島県白河市)から外の浜(青森市)までの道に一町(約109m)ごとに、面に金色の阿弥陀像が描かれた笠塔婆を建て、その中央を計り、その山の上に塔を建てた。

寺院の中央には多宝寺があって、釈迦如来と多宝如来を安置。

塔と多宝寺の中間に道を通して関所を置き、旅人の往来の道とした。







中尊寺釈迦堂


釈迦堂には、百余体の釈迦如来像を祀った。

両界堂の仏像は木造で金色。

二階大堂(大長寿院)は、高さは五丈、本尊は三丈の金色阿弥陀仏、脇立の九体の阿弥陀仏は丈六。





金色堂は、建物全てが金色で、堂内には三つの壇があって全て螺鈿で飾られ、阿弥陀三尊、二天、六地蔵は定朝の作。




鎮守は、南に日吉社を崇敬し、北に白山宮を勧請。








その他、宋の一切経を納める経蔵など・・・



清衡は、延暦寺園城寺東大寺興福寺など国内の寺から、中国の天台山まで、寺毎に千僧供養を行った。
(※千僧供養とは、千人の僧を招いて食事を提供し、法会を営むこと。)

そして、死に臨んでは、極楽往生を願う「逆修」を始め、百日目に当たる日に、病気でもないのに、合唱し、念仏を唱えながら、眠るが如く眼を閉じた。





中尊寺鐘楼

中尊寺

大池跡

弁慶の墓



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


奥州平泉


松尾芭蕉のおくのほそ道







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

源義経

藤原秀衡

源義経最期の地

源平合戦

歴史めぐり源頼朝
☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人


二代執権北条義時


宿老13人の合議制


よりともジャパン.com