(イメージ図)
源氏が鎌倉の地を所領としたのは平安時代中期。
河内源氏の二代棟梁源頼義が相模守に任じられた際、平直方から鎌倉の邸宅や所領を譲り受けたことに始まります(1036年(長元9年)頃)。
同時に直方の娘を妻とした頼義は、甘縄神明神社に子宝に恵まれるよう祈願したのだと伝えられ、1039年(長暦3年)には嫡男となる義家を授かっています。
数えで7歳となった1045(寛徳2年)、義家は父の頼義に伴われて源氏の氏神として信仰されていた京都の石清水八幡宮で元服。
「八幡」の名を授かり、「八幡太郎義家」(はちまんたろうよしいえ)と名乗っています。
1063年(康平6年)、頼義は鎌倉に石清水八幡宮を勧請して由比若宮を創建しますが、甘縄神明神社の社殿によると、同年、甘縄神明神社の社殿修復も行っています。
1081年(永保元年)には、義家が由比若宮の社殿を修復していますが、同年、甘縄神明神社の社殿修復も行っています。
本来、源氏の氏神は八幡神ですが、義家は甘縄神明神社も鎌倉における守護神(氏神)として信仰しました。







