山門
補陀洛山 安養院 西方寺。
建久年間(1190-1199)に鎌倉の笹目に創建された寺院なのだとか。
さて・・・
鎌倉で・・・
補陀洛と言えば、源頼朝の祈願所だったという補陀洛寺。
安養院と言えば、源頼朝の妻・北条政子の法号。
笹目と言えば、北条政子が源頼朝の菩提を弔うために建てたという長楽寺があったという所。
長楽寺は、願行が開いた律宗の寺で、政子が亡くなった後は安養院と呼ばれ、新田義貞の鎌倉攻めで焼失して大町に移転したのだとか・・・。
そして・・・
西方寺は、笹目に建てられた後、極楽寺山内に移転し、さらに現在地に移転したのだそうです。
極楽寺と言えば、新田義貞の鎌倉攻めで焼失した寺院。
というわけで・・・
鎌倉の歴史とは、かなり関係が深そうなお寺です。
源頼朝や北条政子とも・・・
本堂
観音堂
太子殿
鐘楼
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(参考)
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西方寺の茅葺の山門・本堂・鐘楼は江戸期の建造物で横浜市指定文化財。