源頼朝の墓 |
源頼朝の墓を中心とする史跡を「法華堂跡」といいます。
法華堂跡碑
『吾妻鏡』によれば、1189年(文治5年)、源頼朝は奥州征伐の折、御所(大倉幕府)の裏山に祈願所(持仏堂)を設けて、聖観音像を安置しています。
頼朝は、その死後、この持仏堂に葬られたといわれ、以後「法華堂」と呼ばれたようです。
※『吾妻鏡』には、頼朝が、持仏堂に葬られたという記載はありませんが・・・。
(参考:源頼朝の守り本尊~正(聖)観音像~)
現在、頼朝の法華堂跡には、頼朝の供養塔(墓)が建てられています。
北条義時法華堂跡 |
近年、源頼朝墓の東隣の山の中腹から北条義時のものと考えられる法華堂跡も発掘されています。
世界文化遺産候補21の史跡 |
鎌倉手帳
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