別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2011年6月21日火曜日

心平寺地蔵と斎田地蔵~建長寺仏殿~

建長寺仏殿の右にある脇壇には、千体地蔵にかこまれて「心平寺地蔵」が安置されています。

建長寺創建前にあった心平寺の本尊であったと伝えられています。


心平寺地蔵

心平寺のあった谷は「地獄谷」と呼ばれていたそうです。


その地獄谷で斎田左衛門という者が無実の罪で斬首されようとしていました。

しかし、討手が何度刀をふりおろしても左衛門の首は斬れなかったそうです。

それは、左衛門が日頃信心していた地蔵の小像を髻(もとどり)の中に納めていたからだといいます。

小像には刀の切り傷が残されていました。

命を助けられた左衛門は、自分の身代わりになってくれた地蔵に感謝しました。

そして、その小像を心平寺地蔵の頭の中に納めたそうです。

その後、建長寺が創建されると、仏殿本尊の地蔵菩薩像の胎内に移されたといわれています。


心平寺地蔵堂

横浜の三渓園には、建長寺から移築された地蔵堂があります。

この地蔵堂は、建長寺の塔頭であった心平寺の地蔵堂と伝えられています。


斎田左衛門が信心していた地蔵の小像は、「斎田地蔵」と呼ばれています。




斎田地蔵


現在は仏殿本尊の胎内にはなく、別に安置されています(11月の宝物風入の際に拝観することができます。)。

現在の仏殿本尊の胎内には、その模像が納められているそうです。


※「斎田」という字ではなく「済田」という字が正しいのかもしれません。



建長寺仏殿

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

横浜三渓園

鶴翔閣
(かくしょうかく)

御門
(ごもん)

白雲邸
(はくうんてい)

臨春閣
(りんしゅんかく)

旧天瑞寺寿塔覆堂
(てんずいじじゅとうおおいどう)


豊臣秀吉愛用の手水鉢

月華殿

金毛窟
(きんもうくつ)

天授院

聴秋閣

春草廬

蓮華院

家形石棺身

舟型石棺藍

旧燈明寺三重塔

林洞庵

初音茶屋

臥竜梅

横笛庵

旧東慶寺仏殿

合掌造

旧燈明寺本堂




☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鎌倉手帳


よりともジャパン.com