みづうみに
友よぶ千鳥
ことならば
八十の湊に
声絶えなせそ
「湖で友を呼ぶ千鳥さん、それならいっそ、いろんな湊であちこちの女に声をかけたら・・・」
近江守の娘に思いをかけているという噂の男が「二心はありません」などと言うので、うっとうしくて返した歌なのだとか。
男とは、紫式部に求婚していた藤原宣孝らしい。
紫式部に求婚しているにもかかわらず、近江守の娘にも懸想していた・・・
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
藤原宣孝は、越前国へ下向した紫式部のもとに求婚の手紙を贈り、その後も幾度となく手紙を書いていたようです。
しかし、紫式部はその度に拒否の歌を返しています。
宣孝は紫式部より20歳ほども年長で、何人もの女性と結婚していて、紫式部と同年代の息子もいました。
紫式部が父の藤原為時に同行して越前に下向した理由には、「宣孝の求婚を冷静に考えるため」ということもあったといわれています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆