『吾妻鏡』によると・・・
1227年(嘉祿3年)11月4日、御所の女官の阿波局が亡くなり、北条泰時は30日間の喪に服しました。
亡くなった阿波局は、北条義時の妹と考えられますが・・・
『吾妻鏡』には泰時の大叔母と記されています。
義時の妹であるなら叔母のはず。
誤記なのかと思われますが・・・
もし誤記でなかったら・・・
泰時の母は阿波局というのが通説です。
ただ、この阿波局の詳細は不明で、義時の妹の阿波局とは別人と考えられています。
では、泰時の大叔母で阿波局と呼ばれた可能性がある女性は・・・
伊東祐親の娘八重姫。
源頼朝の最初の妻とされ、義時と再婚して泰時を産んだという説もあります。
とんでもない推測で大笑いされるかもしれませんが、この日亡くなったのは八重姫の可能性があるのかも。
だとしたら、大叔母ではなく母と記すべきという疑問は残りますし、そもそも、八重姫は伝説の域を出ない女性なのですが・・・
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