別冊『鎌倉手帳』




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2019年4月20日土曜日

伊豆の国市子ども創作能「伊豆の頼朝」~鎌倉まつり2019/04/20~

今日は、鎌倉宮で、源頼朝が青春期を過ごした伊豆の国市の小中学生による能が上演されました。


まずは、「伊豆の国市の子ども創作能」を指導されている能楽師の八田先生の仕舞「玄象」(げんじょう)。




子ども仕舞「老松」(おいまつ)と「小督」(こごう)。



そして、子ども創作能「伊豆の頼朝」。


前の右兵衛佐(うひょうえのすけ)の頼朝とは我のことなり。


頼朝は、1159年(平治元年)、父義朝とともに戦った平治の乱平清盛に敗れ、翌年、伊豆に流されていました。

流されたのは蛭ヶ小島だったのだと伝えられています。

頼朝は、前の右兵衛佐だったので「佐殿」(すけどの)と呼ばれていたそうです。

鎌倉の佐助稲荷神社は、「佐殿」(すけどの)を助けた稲荷神ということでその名がつけられたのだとか・・・


以仁王からの平家打倒の令旨を受け取った頼朝。

妻政子の父時政に相談します。

すると時政は「このようにめでたいことはない」と言って挙兵を勧めたようです。




挙兵を決意した頼朝は、まず伊豆の目代山木兼隆を討つことにします。

兼隆は、「平家にあらずんば人にあらず」と言い放った平時忠の代官でした。




頼朝が合戦の火ぶたを切る矢を放ちます。


激しい戦いが繰り広げられました。





そして、見事に山木兼隆を捕えます。

源氏再興の挙兵を果たした源頼朝



私は、これで3回目の見学ですが、毎回素晴らしく、今回も感動しました。

これからも、いろんな所で源頼朝を学んで頂きたいと思います。

必ず、出世するはずです。

頼朝が住んだ所で一番長いのは伊豆。

伊豆の国市を走る伊豆箱根鉄道駿豆線沿線の沿線には、たくさんの頼朝の足跡がありますね。

頼朝を学ぶには素晴らしい環境です。


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