別冊『鎌倉手帳』

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2018年4月17日火曜日

円覚寺舎利殿の仏舎利と源実朝の伝説

 円覚寺舎利殿

円覚寺舎利殿は、開山の無学祖元の塔所:正続院の昭堂。

鎌倉で唯一の国宝建築物。

仏舎利が納められていることから舎利殿と呼ばれます。

そして、その仏舎利は源実朝が宋の能仁寺より請来したものだと伝えられています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

『吾妻鏡』によると・・・

1216年(建保4年)6月、東大寺再建に貢献した宋の陳和卿が鎌倉を訪れ、源実朝に対面します。

陳和卿は「将軍はその昔、宋の医王山の長老であり、私はその弟子でありました」と述べたそうです。

実朝は以前夢に現れた高僧が同じ事を言っていたのでそれを信じたのだといいます。

1216年(建保4年)11月24日、実朝は急に渡宋を思い立ち、陳和卿に命じて唐船を建造させることにします。


 鎌倉の海


船は海岸で造られました。

そして、1217年(建保5年)4月17日に完成します。

しかし、何故か海に浮かぶことができず実朝の夢は絶たれました。


 船玉神社
(藤沢市大鋸)

藤沢市の大鋸は、実朝が渡宋するための船の用材を伐り出した所と伝えられています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

伝説によると・・・

自らが渡宋することが不可能となった実朝。

良真らに金銀財宝を持たせて宋へ送ります。

能仁寺を代参した一行は「返礼に所望するものはあるか」と尋ねられ、舎利を求めたのだといいます。

はじめは断れたようですが、何とか舎利を手に入れて帰国します。

しかし、鎌倉への途中で京都に立ち寄った一行は、朝廷から舎利を欲しがられ、約半年も足止めされてしまいます。

これを聞いて怒った実朝は、大軍を率いて上洛することを考えたようですが、安達盛長に諌められたのだとか・・・

舎利は、実朝に代わって上洛した盛長が朝廷から取り返したのだそうです。



 良真像
(江の島・聖天島)

実朝の命で宋へ渡った良真は鶴岡八幡宮の供僧。

江島神社辺津宮を創建したのは良真です。


 宋国伝来の碑

辺津宮にある「宋国伝来の古碑」。

伝説によると・・・

宋に渡った良真は、慶仁禅師に会い、江の島の地図を見せようとしたところ、禅師は、

「東の名刹であることは聞かなくても知っています」

といって碑石をくださったのだとか。

この石碑が贈られたのが1204年(元久元年)だということですので、舎利の伝説とは時代があいませんが、実朝が良真を宋へ派遣したのは確かなのでしょうか・・・。



 円覚寺






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