地蔵堂の地蔵菩薩像には、地獄の罪人の苦しみを少しでも和らげようと鬼(獄卒)に代わって火を炊いたため、「黒くすすけている」という伝説が残されています。
愛染堂には、木造愛染明王坐像(市重文)、左に木造阿しゅく如来坐像(県重文:鎌倉十三仏)、右に鉄造不動明王坐像(県重文:試みの不動)が安置されています。
写真撮影が出来るのはここまで。
覚園寺(真言宗泉涌寺派)は、1218年(建保6年)、二代執権・北条義時の建てた大倉薬師堂を前身としています。
その後焼失してしまいますが、1296年(永仁4年)、九代執権・北条貞時が元寇が再び起こらぬようにとの願いから覚園寺を創建しました。
鎌倉幕府滅亡後も後醍醐天皇の勅願所、足利尊氏の祈願所となって保護を受け、鎌倉最大の茅葺の薬師堂では尊氏自筆の梁牌(棟札)を見ることができます。
薬師堂には、本尊の薬師三尊(「木造薬師如来及日光・月光菩薩坐像」(国重文))、木造十二神将立像(国重文)、木造阿弥陀如来坐像」(県重文:鞘阿弥陀)や、木造伽藍神倚像、木造賓頭盧尊者像などが安置されています。
朝粥
境内に移築されている内海家住宅で朝粥をご馳走になりました。
ハスがきれいに咲いていました。