別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2013年10月11日金曜日

建長寺と心平寺

『吾妻鏡』によれば、1253年(建長5年)11月25日、建長寺の落慶供養が行われました。

1251年(建長3年)に事始めが行われたということですが、実際は1249年(建長元年)頃から準備が進められていたといいます。




建長寺が建てられた地は処刑地だったといわれ、処刑された者の鎮魂のために心平寺が建てられていました。

心平寺が創建されたのは1249年(建長元年)。

同年、建長寺の建立が計画されていました。

のちに建長寺の開山に迎えられる蘭渓道隆も、この年、常楽寺からこの地に移っているといいます。

心平寺を建立し、それから建長寺を建立したのには何か深い意味があったのでしょう。

建長寺の本尊が地蔵菩薩であるのは、心平寺の本尊が地蔵菩薩であったからだといわれています。


(横浜三溪園:天授院)


心平寺の本尊は、建長寺仏殿の脇壇に安置されている地蔵菩薩坐像だと伝えられています。

この像の胎内には、無実の罪で処刑されそうになった済田左衛門の身代わりとなった地蔵菩薩の小像が納められていました。

そして、建長寺が創建されると小像は仏殿本尊の胎内に移されたのだといいます。


※横浜の三溪園にある天授院は心平寺跡にあった堂を移築したもの。



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