「鎌倉」の歌詞は、稲村ヶ崎から鎌倉に入って、極楽寺・長谷・鶴岡八幡宮・鎌倉宮・源頼朝墓を巡って、最後に北鎌倉の禅寺を旅する内容となっています。
七里ヶ浜の いそ伝い 稲村ヶ崎 名将の 剣(つるぎ)投ぜし 古戦場 |
七里ヶ浜 | 稲村ヶ崎 |
七里ヶ浜から稲村ヶ崎は、新田義貞の鎌倉攻めの際の古戦場です。 |
極楽寺坂 越え行けば 長谷観音の 堂近く 露坐(ろざ)の大仏 おわします |
極楽寺坂(切通) |
長谷観音 | 露坐の大仏 |
由比の浜辺を 右に見て 雪の下村 過ぎ行けば 八幡宮の 御社(おんやしろ) |
由比の浜辺 | 八幡宮 |
由比ヶ浜から若宮大路を進めば源頼朝創建の鶴岡八幡宮です。 |
上るや石の きざはしの 左に高き 大銀杏(おおいちょう) 問わばや遠き 世々の跡 |
大石段 | 大銀杏 |
鶴岡八幡宮の本宮へと上る大石段の左には大銀杏が聳えていました。 源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説の銀杏です。 平成22年に倒伏してしまいましたが、残った根や幹からは新たな芽が出てきています。 |
若宮堂の 舞の袖 しずのおだまき くりかえし かえせし人を しのびつつ |
静の舞 |
鎌倉宮に もうでては 尽きせぬ親王(みこ)の みうらみに 悲憤の涙 わきぬべし |
鎌倉宮 |
そして、足利直義によって暗殺され、悲運の最期を遂げました。
|
歴史は長き 七百年 興亡すべて ゆめに似て 英雄墓は こけ蒸しぬ |
源頼朝墓 |
鎌倉に武家の都を築いた源頼朝は、1199年(正治元年)正月13日に亡くなりました。
|
建長 円覚 古寺の 山門高き 松風に 昔の音や こもるらん |
建長寺山門 | 円覚寺山門 |
建長寺は五代執権北条時頼の創建、円覚寺は八代執権北条時宗の創建です。 やはり山門は印象的です。 |