別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2025年2月26日水曜日

石戸宿の源範頼伝説!~北本市:石戸蒲ザクラ~




源範頼源義朝の六男。

源頼朝源義経の異母兄弟。

遠江国蒲御厨(現在の静岡県浜松市)で生まれ育ったことから「蒲冠者」(かばのかじゃ)」と呼ばれました。


1180年(治承4年)8月、伊豆国で兄の頼朝挙兵

範頼がいつ参戦したかは不明ですが、『吾妻鏡』には1183年(寿永2年)2月の野木宮合戦に援軍として出陣していることが記録されています。

1184年(寿永3年)1月の木曽義仲追討では、弟の義経宇治から、範頼瀬田から攻めて義仲を滅ぼしました(粟津の戦い)。

平家追討では、1184年(寿永3年)2月の一ノ谷の戦いで平家軍を敗走させ、翌年3月には壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼして大きな功績を残しました。


しかし・・・

1193年(建久4年)5月に頼朝が催した富士裾野の巻狩りで起こった曽我兄弟の仇討ち事件をきっかけに謀反を疑われるようになってしまいます。

伊豆の修禅寺に幽閉された範頼は梶原景時らに攻められ自刃したのだと伝えられています。


ただ・・・

『吾妻鏡』には修禅寺に幽閉された後の範頼の記録はありません。

石戸宿の伝説では、範頼は修禅寺から石戸に逃れ、東光寺付近に隠れ住んでいたのだといいます。

範頼が持っていた杖が根付いたのが「石戸蒲ザクラ」(いしとかばざくら)なのだとか。



石戸蒲ザクラは、樹齢800年以上といわれ、国の天然記念物に指定されています。



根元には範頼のものと伝えられる墓塔。

石戸宿に隠れ住んだ範頼は1200年(正治2年)2月5日に病死。

戒名は明巌大居士といったのだといわれています。


東光寺

東光寺は、範頼が早世した娘・亀御前の供養のために阿弥陀堂を建立したことに始まるのだと伝えられています。

範頼と亀御前の位牌が保管されています。



石戸神社は、範頼の住居跡といわれる場所に建てられています。



2025年の北本さくらまつりは3月29日(土曜日)、30 日(日曜日)。

東光寺では、石戸蒲ザクラの根元に建てられていた板石塔婆(板碑)が公開されます。



石戸蒲ザクラ


源範頼の謀叛

源範頼が書いた起請文












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2025年2月25日火曜日

藤沢:常立寺の枝垂れ梅2025/02/25


藤沢片瀬の常立寺の枝垂れ梅が見ごろ。






枝垂れ梅の前では茶がいただけます。





常立寺は、龍ノ口処刑場で処刑された者を弔うために建てられた寺。




鎌倉:梅の名所


江の島流鏑馬










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江の島の河津桜2025/02/25


江の島の亀ヶ岡広場の河津桜が見ごろ。










桜の向こうの白は富士






江の島の河津桜


江の島弁財天

巳年だ!蛇だ!弁財天だ!

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2025湘南江の島春まつり~武者行列・流鏑馬・稚児行列~




【江の島武者行列】
 3月8日(土)

江の島弁財天仲見世通りで源頼朝を大将とした勇壮な武者行列が練り歩きます。
源頼朝役はふじさわ観光親善大使「つるの剛士」さん。

10:00
青銅の鳥居から出発
10:15
朱の鳥居到着
10:20
江島神社辺津宮にて戦勝祈願
10:50
朱の鳥居を出発
11:00
青銅の鳥居到着



【流鏑馬・武者行列】
 3月8日(土)

片瀬東浜では、疾走する馬上から3つの的を弓で射る勇壮な流鏑馬源頼朝江島神社に戦勝祈願で訪れたことにちなんだ武者行列が行われます。
12:00~14:45



【稚児行列】
 3月9日(日)

江島神社辺津宮で貝供養神事を執り行った後、弁財天仲見世通りを練り歩き、江の島北緑地からお稚児さんが稚貝を放流します。
10:30~




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