別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年1月12日水曜日

源頼朝が逃げ込んだ?伊豆山神社~鎌倉殿の13人~


1月9日の放送では・・・

伊東祐親に追われて北条館に匿われていた源頼朝

祐親が北条館に攻め込むと、

北条政子に女装させられ、北条義時の馬で逃げますが・・・



やはり逃げ込んだのは、走湯権現(伊豆山神社)だったのでしょうか・・・

政子もそれを追いかけるのかも・・・



伊豆山神社には、頼朝と政子が恋を語らったという腰掛け石が置かれています。



伊豆山神社の近くには、頼朝と政子が出会ったという逢初橋があったのですが・・・

昨年の土石流で流されてしまいました。



伊豆山神社


あたみ桜

熱海と源頼朝の伝説







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人

二代執権北条義時


特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編

特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編


歴史めぐり源頼朝


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2022年1月11日火曜日

大蛇に呑み込まれた北条義時の嫡子・安千代丸~北條寺創建伝説~


昔、伊豆国江間の池田郷には、大池があって大蛇が住んでいたのだといいます。


伝説によると・・・

江間小四郎(北条義時)の嫡子安千代丸が11歳のときでした。

陣野村にあった千葉寺で学問に励んでいた安千代丸は、その帰りに大池の大蛇に呑み込まれてしまいます。

家来たちから事件を知らされた小四郎は、大いに怒りますが、大蛇のやったことなので、なすべき手段や方法がわかりませんでした。

ある時、小四郎は大蛇の左眼を射ます。

すると、大蛇はどこかへ去っていったのだそうです。

その後、池は徐々に浅くなり、田地となって、その地は「池田」と名付けられたのだとか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆



北條寺は、安千代丸の死を悲しんだ北条義時が、その菩提を弔うために建てたのだといいます。



北條寺の山号は巨徳山。

ただ、寺伝や伝説によると、北条義時が建てた頃は萬徳山だったようです。

臨済宗建長寺派に属したことから巨徳山に改めたのでしょうか???



源頼朝配流の地・北条氏発祥の地


歴史めぐり源頼朝







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人

二代執権北条義時


特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編

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「鎌倉殿の13人」が始まった!




「鎌倉殿の13人」が始まりました。

第一話は・・・

伊豆の流人源頼朝が監視役の伊東祐親に追われ北条館に匿われます。

頼朝を匿ったのは北条義時の兄宗時

頼朝は何故、祐親に追われたのか?

それは、祐親が大番役で京都に行っている間に、頼朝が娘の八重姫と結ばれ子(千鶴丸)までもうけてしまったから。

義時の父時政は匿うことに反対しますが・・・

その頼朝に恋してしまったのが義時の姉政子

やがて、北条館に頼朝が匿われていることを知った祐親は北条館に攻め寄せますが、義時政子が頼朝を逃がします。



北条館跡



北条館は守山の麓にありました。



守山山頂からは頼朝が流されていたという蛭ヶ小島も望めます。





大河ドラマ館のオープンは1月15日。



「鎌倉殿の13人」グランド・プレミア伊豆の国に参加された大泉洋さんの話によると、15話は凄いのだとか・・・









☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
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2022年1月5日水曜日

鎌倉幕府の御弓始と下河辺行平


除魔神事
(鶴岡八幡宮)


『吾妻鏡』によると・・・

1189年(文治5年)正月3日、正月椀飯の宴会中に弓始め式を行うこととした源頼朝

射手に指名された下河辺行平は、弓場に進み出て蹲踞(そんきょ)して片肌を脱ぎました。

頼朝が行平と競う者を募ると、修理進季長(しゅりのじょうすえなが)が進み出て行平の後ろに蹲踞しましたが・・・

行平は先に進もうとしません。

行平の不満そうな様子を見て取った頼朝は、榛谷重朝を指名します。

席を立った重朝が行平と季長の間に蹲踞すると、行平は前へ進み出て弓を射はじめました。

季長は・・・

恥ずかしくて元の席に戻らず逃げてしまったのだとか・・・。


それから6日後の正月9日、頼朝の嫡男・頼家の小御所でも弓始めがありました。

一番 下河辺行平 対 曽我祐信
二番 結城朝光  対 和田宗実
三番 藤沢清親  対 橘公成
四番 三浦義連  対 海野幸氏
五番 榛谷重朝  対 和田義盛


御所での弓始めの儀式は、この前年の正月6日や1180年(治承4年)12月12日にも記録されていますが、幕府の行事として始められたのは、1189年(文治5年)からなのかもしれません。


鶴岡八幡宮で毎年1月5日に行われている除魔神事は、源頼朝が幕府で始めた御弓始を起源としています。

残念ながら、今年は神事を観ることはできませんが・・・


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

下河辺行平は藤原秀郷の子孫で、頼朝からは「日本無双の弓取」と称賛された武将。

頼朝の嫡男・頼家の弓術師範を務め、1195年(建久6年)11月6日には、頼朝から子孫まで源氏一門に准ずる旨の書面が与えられています。


修理進季長は、おそらく永福寺の扉と仏壇の後壁の絵を描いた画家かと・・・。


榛谷重朝は、桓武平氏・秩父氏の一族。

1181年(治承5年)4月7日、弓術に優れていた重朝は、下河辺行平らとともに頼朝の寝所を警護する11名に選ばれています。

他は、北条義時結城朝光・和田義茂・梶原景季・宇佐美実政・葛西清重三浦義連・千葉胤正・八田知重。


曽我祐信仇討ちで知られる曽我兄弟の養父。

曽我梅林の梅まつりで催される流鏑馬は、祐信が弓馬の達人だったという故事から始められました。


橘公成は、1180年(治承4年)12月12日、頼朝の新亭で行われた弓始めで射手を務めた武将。


海野幸氏は、木曽義仲に仕えていた武将で、義仲とその子・義高が滅んだ後、頼朝に仕え弓馬四天王の一人に数えられました。



除魔神事


初詣:鶴岡八幡宮


鶴岡八幡宮








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2022年1月4日火曜日

『北条氏歴史紀行 デジタルdeスタンプラリー』

 



1月9日から始まる「鎌倉殿の13人」

北条義時の誕生地伊豆を走る伊豆箱根鉄道駿豆線の沿線で『北条氏歴史紀行 デジタルdeスタンプラリー』が開催されます。

期間は2022年1月9日(日)~2月20日(日)

参加費は無料。


詳しくはHPで。
 ↓
https://izuspamirai.com/izunokuni_shuyu/train/stamprally/special2022.html








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