別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2025年2月27日木曜日

河津桜と菜の花と富士と。~松田町「まつだ桜まつり」~2025/02/27




松田町の西平畑公園は、河津桜と菜の花と富士を楽しめる花見スポット。

3月16日まで「まつだ桜まつり」が開催されています。

河津桜の開花状況は、2月27日午前の段階で6分~7分咲きというところかもしれません。

間もなく満開!


















松田町の河津桜








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源頼朝旗挙祭2025~頼朝船出の浜で頼朝旗挙鍋が復活!:真鶴町~


1180年(治承4年)8月、伊豆国源氏再興の挙兵をした源頼朝は、石橋山の戦いで大敗を喫してしまいますが、土肥実平の案内で真鶴の岩海岸から船出し、安房国の竜島海岸に上陸して再挙。

10月には、安房・下総・上総・武蔵の武士団を引き連れて鎌倉入りを果たしました。


「源頼朝旗挙祭」は、かつて真鶴町で行われていた「源頼朝旗挙げフェスティバル」を復活させるイベント。




小雨決行・雨天延期。

予備日は2025年3月23日。

※天候の影響で3月23日に順延となっています。


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岩海岸から船出する頼朝に住民たちは海の幸をふんだんに使った食事を振る舞ったのだといいます。

「源頼朝旗挙げフェスティバル」は、大鍋を使ったふるまい鍋をメインにしたイベントだったそうです。

「頼朝旗挙げ鍋」は、「源頼朝旗挙げフェスティバル」で使用されたもの。

「源頼朝旗挙祭」でも真鶴で獲れた魚介類や地域の野菜を使用した「頼朝旗挙鍋」がふるまわれます。

ふるまい鍋の他にも、真鶴の春を彩る打ち上げ花火、ブランド米プレゼント、ビンゴ大会、キッチンカーの出店など盛り沢山。


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真鶴岩海岸
岩海岸

岩海岸はJR真鶴駅から徒歩15分程度。






湯河原・真鶴の源頼朝伝説


土肥祭

貴船祭


源頼朝挙兵








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2025年2月26日水曜日

西平畑公園の河津桜が間もなく見ごろに!2025まつだ桜まつり




松田町の西平畑公園は、松田山にある富士山や相模湾を一望できる観光スポット。

松田山の斜面には約360本の河津桜が植えられています。

松田町観光協会の情報によると、2月25日現在で6分咲き。

気温が上がる日が続くようですので一気に開花が進むと思います。


3月16日(日)まで「まつだ桜まつり」が開催されています。




松田町(相模国松田郷)は源頼朝の兄朝長が生まれ育った地。

朝長は、波多野城を本拠とする波多野義通の妹が母。

松田郷には朝長が生まれ育ったという松田亭があったのだといいます。

松田亭がどこにあったのかは不明ですが、寒田神社の近くにあったようです。




松田町の河津桜








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曽我梅林

頼朝桜まつり~鋸南町~


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石戸宿の源範頼伝説!~北本市:石戸蒲ザクラ~




源範頼源義朝の六男。

源頼朝源義経の異母兄弟。

遠江国蒲御厨(現在の静岡県浜松市)で生まれ育ったことから「蒲冠者」(かばのかじゃ)」と呼ばれました。


1180年(治承4年)8月、伊豆国で兄の頼朝挙兵

範頼がいつ参戦したかは不明ですが、『吾妻鏡』には1183年(寿永2年)2月の野木宮合戦に援軍として出陣していることが記録されています。

1184年(寿永3年)1月の木曽義仲追討では、弟の義経宇治から、範頼瀬田から攻めて義仲を滅ぼしました(粟津の戦い)。

平家追討では、1184年(寿永3年)2月の一ノ谷の戦いで平家軍を敗走させ、翌年3月には壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼして大きな功績を残しました。


しかし・・・

1193年(建久4年)5月に頼朝が催した富士裾野の巻狩りで起こった曽我兄弟の仇討ち事件をきっかけに謀反を疑われるようになってしまいます。

伊豆の修禅寺に幽閉された範頼は梶原景時らに攻められ自刃したのだと伝えられています。


ただ・・・

『吾妻鏡』には修禅寺に幽閉された後の範頼の記録はありません。

石戸宿の伝説では、範頼は修禅寺から石戸に逃れ、東光寺付近に隠れ住んでいたのだといいます。

範頼が持っていた杖が根付いたのが「石戸蒲ザクラ」(いしとかばざくら)なのだとか。



石戸蒲ザクラは、樹齢800年以上といわれ、国の天然記念物に指定されています。



根元には範頼のものと伝えられる墓塔。

石戸宿に隠れ住んだ範頼は1200年(正治2年)2月5日に病死。

戒名は明巌大居士といったのだといわれています。


東光寺

東光寺は、範頼が早世した娘・亀御前の供養のために阿弥陀堂を建立したことに始まるのだと伝えられています。

範頼と亀御前の位牌が保管されています。



石戸神社は、範頼の住居跡といわれる場所に建てられています。



2025年の北本さくらまつりは3月29日(土曜日)、30 日(日曜日)。

東光寺では、石戸蒲ザクラの根元に建てられていた板石塔婆(板碑)が公開されます。



石戸蒲ザクラ


源範頼の謀叛

源範頼が書いた起請文












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