別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
2026年8月21日金曜日
御霊神社の面掛行列は鶴岡八幡宮の面行列に倣ったもの。
御霊神社の面掛行列は、例大祭の神輿渡御の一部として登場する行列。
「爺・鬼・異形・鼻長・烏天狗・翁・火吹男・福禄・阿亀・女」の面を付けた十人衆の行列が星の井通りを練り歩くものでですが・・・
この行列は、どのようにして始められたのでしょう?
よくある説明が・・・
「鶴岡八幡宮の祭礼(放生会)で行われていたもので、明治維新を迎えて放生会が廃止になったため、面とともに御霊神社に移されて定着した」
というもの。
鎌倉市観光協会のページにも
「もとは鶴岡八幡宮の神幸に出ていたもので、それが御霊神社にうつされました」
と書かれています。
本当にそうでしょうか?
1709年(宝永6年)に鶴岡八幡宮の放生会を見物した紀伊国屋文左衛門は、『鎌倉三五記』に面を付けた十人衆の紹介をしています。
そこに登場する面は、「陵王・小飛出・釣眼・大べしみ・しかみ・福禄寿・末社・うそふき・おふく・天女」。
御霊神社の面とは異なりますので、「鶴岡八幡宮から面が移された」という説はないようです。
では、御霊神社の面はいつ造られたのか?
1768年(明和5年)のようです。
ということは、「明治維新で鶴岡八幡宮の面掛行列がなくなったため、御霊神社に移された」という説もないようです。
1841年(天保12年)に編纂された『新編相模国風土記稿』には、「御霊神社の巡幸行事は鶴岡八幡宮に倣ったもの」と記されていますので・・・
「鶴岡八幡宮の面掛行列が御霊神社に移された」のではなく、「江戸時代に鶴岡八幡宮の面掛行列を真似て始められた」
ということなのでしょう。

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