流鏑馬馬場は、
鶴岡八幡宮の境内中央付近を東西に走る道。
東の鳥居から西の鳥居までの約254mの道です。
1187年(文治3年)8月15日、
源頼朝は
鶴岡八幡宮で
放生会を催し、
流鏑馬を奉納していますが、そのために整備されたのが
流鏑馬馬場。
『吾妻鏡』によると、放生会の日が迫った8月9日、頼朝が監督する中、境内が清められ、馬場を造って、馬が走る領域を区切る「埒」(らち)が結ばれたのだとか。
頼朝が始めた
放生会は現在の
例大祭へと引き継がれ、例大祭の最終日には
小笠原流流鏑馬が奉納されています。