別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2025年8月24日日曜日

豊臣秀長と興福寺




大和国は、古代から興福寺が事実上の支配をしていた国。

その勢力を削いだのが、1585年(天正13年)に大和郡山城に入った豊臣秀長

秀長は、刀狩りを行い、興福寺から武器を没収。

さらに商業を寺社から分離させるため、奈良での商業活動を禁止し、郡山城下のみで商業活動を許可する政策を打ち出しました。

郡山城下の発展に対し、興福寺は衰退することに。




秀長が採用した箱本制度は、住民に一定の自治権を与える代わりに、町の維持・運営に関わる様々な役割を義務付けるもので、秀長の菩提寺春岳院にはその資料が残されています。




興福寺

大和国の寺社勢力と豊臣秀長


大和郡山城

大納言塚


豊臣秀長









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運慶


興福寺北円堂


2025年9月9日から
運慶 祈りの空間


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