別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2022年5月19日木曜日

黄金の都を築いた奥州藤原氏三代~吾妻鏡~


奥州藤原氏三代とは、藤原清衡・基衡・秀衡のこと。

『吾妻鏡』によると・・・


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清衡は、継父・清原武貞(鎮守府将軍の清原武則の子)亡き後、奥六郡(伊澤、和賀、江刺、稗貫、志波、岩井)を伝領し、嘉保年中(1094-1095)頃に江刺郡豊田館を平泉に移して宿館とし、33年後に亡くなった。

陸奥と出羽の両国には、一万余の村があり、村ごとに寺院を建て、その燈明用の油代のための水田を寄付した。


平泉文化遺産センター掲示






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基衡は、父を超える財福となって両国を官領し、33年後に亡くなった。




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秀衡は、絶えすたれた寺院を再興した。

鎮守府将軍となってからは、官職も父や祖父を越えて、その栄耀は子弟にも及んだ。

33年を経て亡くなった。




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この99年間に、建築された寺院や堂塔は、幾千万か数え切れません。




金色堂の須弥壇内には、清衡・基衡・秀衡のミイラ化した遺体が納められています。


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