圓應寺は、死後に出会う十王を安置する寺。
秦広王
初七日に出会う王(不動明王の化身)。
亡者は、殺生の罪を問いただされます。
人が生まれると、その両肩には俱生神が宿ります。
その一神は善きことのみを、もう一神は悪しきことのみを監視しているのだとか。
そして、秦広王は俱生神の報告に基づいて、亡者を取り調べ、その内容を帳面に記録します。
その帳面は、初江王、宋帝王、五官王と引き継がれ、閻魔大王へと渡ります。
奪衣婆
十四日目に出会う婆。
亡者は、盗みの罪を問いただされます。
亡者が三途の川を渡り終えると、そこには奪衣婆がいて、亡者は着ている衣をはぎとられ、懸衣翁に渡されます。
懸衣翁は、その着物を衣領樹の枝に掛けて、枝の下がり具合で亡者の生前の罪の軽重を計るのだとか。
昔から、遺体の着物は左前に着せたり、裏返しに着せたり、遺体の着物を上下逆に掛けたりする風習は、奪衣婆に着物をはぎ取られないようにする「まじない」なのだそうです。
(鎌倉国宝館に寄託)
十四日目に出会う王(釈迦如来の化身)。
秦広王の裁きを受けた亡者が、三途の川を正しく渡ったかが審議されるとともに、生前に亡者が関わりあった動物が呼ばれて、亡者についての証言を聞くらしい。
宋帝王
二十一日目に出会う王(文殊菩薩の化身)。
邪婬の罪が問いただされます。
宋帝王の官庁は、三途の川を渡った岸にあるそうです。
そこには、化け猫が群がり、大蛇が列をなして出てくるのだとか。
邪婬の罪を犯した亡者は、化け猫に身体を割き破かれ、大蛇に巻き付かれて縛りあげられて身体中の骨が砕かれます。
邪婬の罪を犯した亡者が懺悔して自らの罪を悔いる事がないと、衆合地獄に堕とされるそうです。
五官王
二十八日目に出会う王(普賢菩薩の化身)。
身体と口で犯す七つの罪が問いただされます。
亡者は、まず、五官王の官庁の左にあるは秤量舎で目、耳、鼻、舌、皮膚で犯した罪が秤にかけられます。
秤は七つあって、妄語、飲酒、他の過失・罪過を言い募る罪、自分を褒め他人を謗る罪、他に施すことを惜しむ罪、怒る罪、仏法僧の三宝を誹謗し貶める罪が計られます。
三十五日目に出会う王(地蔵菩薩の化身)
亡者の生前の罪が裁かれ、天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道のうち、どこに生まれ変われるかが決定されるのだとか。
変成王
四十二日目に出会う王(弥勒菩薩の化身)。
天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄のそれぞれの内容が決定されます。
地獄界には、無間阿鼻地獄、大焦熱地獄、焦熱地獄、大叫喚地獄、叫喚地獄、衆合地獄、黒縄地獄、等活地獄があるそうです。
畜生界には、虎や馬、兎や鳩というように生まれ変わり、食うもの食われるものの差が歴然とあるそうです。
泰山王
四十九日目に出会う王(薬師菩薩の化身)。
両舌(二枚舌)の罪が問われます。
この日まで、亡者の霊魂は、あの世とこの世を旅しています。
亡者の取り調べは、この日で七回目。
この日、亡者は、輪廻転生する時に、男女のどちらに生まれるのかが決定され、その寿命も決定されます。
平等王
百ケ日に出会う王(観世音菩薩の化身)。
遺族の貧欲の罪が戒められます。
平等王からは、残された遺族が法要を行うことにより、亡者と遺族の来世での安楽を願う事ができます。
百ケ日の法要を行う遺族は、一日中、貪りの心を起こさなければ、亡者も自らも来世に天上界に行くことができるのだとか。
都市王
一周忌に出会う王(勢至菩薩の化身)。
生前の罪が重い亡者は、地獄に落とされます。
ただ、遺族が一周忌の法要を行えば、その罪は許されるのだとか。
五道転輪王
三回忌に出会う王(阿弥陀如来の化身)。
天上界に行った亡者でも、天上界で悪事を行い地獄に落とされることがあるのだとか。
孫悟空、猪八戒、沙悟浄は、天上界で悪事を行い、その贖罪のため、三蔵法師に従って天竺まで供をしたのだそうです。
三回忌の目的は、亡者が涅槃に至ることなのだとか。
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智覚禅師
圓應寺は、1250年(建長2年)に、智覚禅師(桑田道海・そうでんどうかい)によって長谷の地に創建されたのだといいます。
その後、材木座に移り、1704年(宝永元年)に現在地へ移されのだと伝えられています。
智覚禅師は、播磨国出身。
建長寺を開いた蘭渓道隆や円覚寺を開いた無学祖元に学び、京都で広覚寺を開きました。
広覚寺は京都十刹にも数えられていた禅寺でしたが廃寺となっています。
のちに建長寺、禅興寺、浄智寺の住持し、1309年(延慶2年)1月8日死去。
鎌倉二十四地蔵の一つ。
詫言地蔵とも呼ばれ、お参りすると本人に代わって閻魔大王にお詫びしてくださり、閻魔大王のお許しを得ることができるのだとか。
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特別公開11/2・3・4
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