別冊『鎌倉手帳』




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2011年12月20日火曜日

鎌倉の四角四境祭

『吾妻鏡』によれば・・・

1224年(元仁元年)12月26日、三代執権北条泰時は、疫病が流行していたため、四角四境祭(鬼気祭)を行いました。

四角四境祭とは、陰陽道に基づく祭事。

四境とは、鎌倉の外側のことで、当時は、東は六浦、南は小坪、西は稲村、北は山内でした。

これらの場所に祭壇が設けられ、疫病の消除祈願が行われています。


北鎌倉(山ノ内)の八雲神社


山ノ内の八雲神社は、四角四境祭の北の斎場だったと伝えられています。

境内には、陰陽師安倍晴明の伝説が残る「晴明石」も置かれています。

(参考:陰陽師安倍晴明の伝説~鎌倉:山ノ内~

その他、山ノ内には、数カ所で「安部清明大神」の石碑が残されています(「安部清明」という字が微妙に違うのですが・・・)。

これらは、山ノ内が鎌倉の境界領域だったことを伝えているものなのでしょうか・・・。




その後の『吾妻鏡』の記事によると・・・

1235年(嘉禎元年)12月20日の黄昏時に四角四境祭が行われています。

この時は、御所の四隅(艮(うしとら)の角・巽(たつみ)の角・坤(ひつじさる)の角・乾(いぬい)の角)と、小袋坂(巨福呂坂)・小坪・六浦・固瀬河(片瀬)で行われました。

宇津宮辻子御所を中心とした祭祀だった事がわかります。


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